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ふと周囲を見渡すと、いつ何処から出てきたのか、大勢の河童が集まっていた。
驚いたまま立ち尽くす自分に構わず、河童達は、幕を張って、料理や酒、食器やそのほか何に使うかわからないものを運び込んで、並べ始めた。
何だか分からないが、どうやら自分は今は河童の姿である。ならば怪しまれないように何かしていようと、座布団などを運んで様子を伺うことにした。
輪の中央には座布団が二枚引かれた、特別な席があった。眺めていると、一人の河童に袖を引かれる。座れということらしい。仕方なく隅の目立たない席を選んで腰を下した。
気が付くと他の河童達も皆腰を下して、静かにしていた。何かを待っているようだ。
程なくして、河童が一人、真ん中の席に座った。
「我の眷属に新しく加わったものじゃ。皆歓迎せい」
女がよくとおる声で言えば、河童達はひょうひょうという不思議な声を一斉に上げ始めた。歓迎の挨拶なのか。
真ん中の河童は立ち上がって彼方此方にペコペコしている。
その姿、仕草に何処か見覚えがあって、大勢の河童の群れをかきわけて、見える所まで行った。間違いない
「西山!!!」
中央の河童が自分の方を振り向いて、さえない眼鏡ごしに目をまん丸にしていた。
「葛西くん??」
間違いない。西山だった。あの日店から消えた同僚が何故か河童の姿でこちらを見ていた。
そういえば、そもそも河童といえば、西山だった。
ツーブロックと本人は言い張っていたが、おかっぱ頭にしか見えない髪型はまるで河童だった。しかも胡瓜が大好物で、賄いで胡瓜の漬物ばかり食べていた男だ。
そのことでよく揶揄ったものだった。
「その髪型はクレームものだろ。床屋違うところにしろよ」と言えば
「千円カットにそこまで求められないね」
と西山からは返ってきた。
西山が店長で自分が副店長だったが、同年齢だったこともあって、気さくな間柄だった。それでも、店長の仕事は山積みだったのだろう。誰よりも夜遅くまで残って、パソコンと向き合う姿を度々目にしていた。
手伝いを申し出ても、「大丈夫」の一点張りで、「早く帰れよ。二人で倒れるわけにいかないからさ」と言われれば、帰るしかなかった。
今思えば、あの時もっと粘って少しでも負担を軽くしてやればよかったのだと、罪悪感が胸を軋ませる。
そんな自分の気持ちなど露ほどにも想像しないのか、晴れ晴れとした顔でこちらを見ていた。
パンパンと、手を叩く乾いた音が鳴り響いた。
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