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「新しい我が僕よ、我に何を献上する?」
女が、西山に問う。その紅い唇からは、蛇のような長い舌がチロチロと覗く。
西山は困ったように当惑した様子で、何も出るはずのない、身体をパタパタと叩いていた。
「なんじゃ、どうした?」
待ちくたびれたように、女が言う。
「すみません。何も持っていないので、歌でも歌いましょうか?」
「お主、歌が得意か?」
「いえ、カラオケの最高得点は40点です」
「却下じゃ」
「では、踊りでも踊ります」
「見とうないな。却下」
その後、西山が額に冷や汗をかきながら、朗読やら影絵やらあやとりやら提案しても、全て拒否され、次第に宴の空気もひんやりとしてきた。
気が付けば、西山の方に走り出し、贈答用の酒の箱を押し付けていた。
「葛西?」
「いいから!!」
「でも…」
西山と押し合いへし合いしていると、
「おお!いいものを持っているじゃないか! 早くこっちに持ってこい!」
と女が嬉々として叫んだ。
途端に、周りの河童が何人かこちらに集まり、あっという間に酒は箱から出され、女の元へと運ばれていく。
そして、瓶の蓋を開けようとした時だった。
曇り空で薄暗かった空が突然明るくなったのだ。
あまりの眩しさに目がくらみ、瞬きを繰り返す。
ああ、雨がやんで太陽が出てきたのか。
そう思って辺りを見回せば、河童たちが大混乱に陥っていた。散り散りに逃げ惑い、用意した食器は無残にひっくり返って散らばった。
女は忌々しそうに空を見上げ「引き上げじゃ!」と言った。
途端に、大勢の河童たちが社の方に向かってなだれ込んできた。朝の通勤ラッシュの比じゃない。もみくちゃにされながら、抜け出そうと藻掻く。
気が付くと西山の顔が目の前にあった。
「これ、持って帰って」
さっきの酒瓶を渡される。
「何言ってんだ! お前が持ってろ!」
そう言って突き返そうとすれば、思いのほかに強い力で押し付けられる。
「いいんだ。最後に葛西君に会えて嬉しかったよ」
泣き笑いのような顔に胸を突かれる。
「ありがとう。そして、ごめんね」
「西山!」
伸ばした手は空を虚しく切った。たちまち河童の群れの中に西山を見失ってしまう。
「西山!? どこだ?」
叫びながら河童の群れを逆流しようとするが、どんどんと押し流されてしまう。
「西山ーー!!」
必死で叫んでも、返事は返ってくることはなく、姿すら見えなかった。
だめだ、行くな!西山!
戻ってこい!
ぶつかって、躓いて、地面に倒れ込んだ。けれどパニック状態になった河童たちは、気付かない。
ああ、踏みつぶされる!
そう思って、庇うように両手を目の前で交差した。
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