KAPPA狂騒曲

6/7
前へ
/7ページ
次へ
どれくらい、そうしていただろうか。 いくら待っても、想像していた衝撃は襲ってこなかった。 恐る恐るゆっくりと目を開ける。 嘘のようにとても静かだった。 気が付くと自分は橋の上にぼんやりと立っていた。 唖然としてあたりを見回す。 恐ろし気な女も、河童たちも、西山も、煙のように消えてしまっていた。 雨は小雨になり、通勤中の人々が足早に自分を追い越していった。 遠くで、カタンカタンと電車の音が聞こえた。 ようやく自分が、店の最寄り駅近くのいつもの橋の上にいることがわかった。 橋の下にはいつもより水量の増した黒々とした川が、ごうごうと流れていた。 どこから来たのか、川には枝のほか、ビニールの袋やら、壊れた傘までも流れていく。 眺めているうちに、流れていく片方だけの見覚えのある古ぼけたスニーカーの残像が脳裏によぎった。 思わず片手で顔を覆った。 何故忘れていたのか。 いや、忘れてたわけじゃない。頭の隅に追いやって、考えないようにしていただけだ。 足の力が抜けて、その場にしゃがみ込んだ。 バカだ。西山は。会えてよかったなんてあんな顔して。 自分が一番傍にいたのに、何の助けにもならなかった。 見殺しにしたようなもんだ。 喉の奥が詰まって、空気がうまく吸えない。何も考えられない。 瞼の裏側が火が点いたように熱くなる。 「大丈夫ですか?」 ふいに声をかけられて、振り向くと年配の女性がハンカチを差し出してた。 ぼんやりとそれを眺めた後、自分が泣いていることに気付く。 慌てて、礼を言ってハンカチを固辞した。 そこで、もう片方の手に何か持っていることがわかった。しっかりと握りしめたそれは、西山に返された酒の瓶だった。 ぼんやりと瓶に入った液体を眺め、それからおもむろに封を切った。 そのまま、川に向かって瓶を逆さにする。 澄んで透き通った透明なそれは、黒々とした川に飲み込まれていった。 ふと、橋の隅に小さな祠があるのに気付く。 紫陽花の花の陰に隠れた祠には、石に龍とも蛇とも分からない生き物が彫ってあった。 あの女をなぜか思い出す。 備えてあったコップの中に、僅かに瓶に残っていた酒を注いで手を合わせた。 西山を頼む、と。 そして、空になった酒瓶を持って、そのまま店に向かった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加