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どれくらい、そうしていただろうか。
いくら待っても、想像していた衝撃は襲ってこなかった。
恐る恐るゆっくりと目を開ける。
嘘のようにとても静かだった。
気が付くと自分は橋の上にぼんやりと立っていた。
唖然としてあたりを見回す。
恐ろし気な女も、河童たちも、西山も、煙のように消えてしまっていた。
雨は小雨になり、通勤中の人々が足早に自分を追い越していった。
遠くで、カタンカタンと電車の音が聞こえた。
ようやく自分が、店の最寄り駅近くのいつもの橋の上にいることがわかった。
橋の下にはいつもより水量の増した黒々とした川が、ごうごうと流れていた。
どこから来たのか、川には枝のほか、ビニールの袋やら、壊れた傘までも流れていく。
眺めているうちに、流れていく片方だけの見覚えのある古ぼけたスニーカーの残像が脳裏によぎった。
思わず片手で顔を覆った。
何故忘れていたのか。
いや、忘れてたわけじゃない。頭の隅に追いやって、考えないようにしていただけだ。
足の力が抜けて、その場にしゃがみ込んだ。
バカだ。西山は。会えてよかったなんてあんな顔して。
自分が一番傍にいたのに、何の助けにもならなかった。
見殺しにしたようなもんだ。
喉の奥が詰まって、空気がうまく吸えない。何も考えられない。
瞼の裏側が火が点いたように熱くなる。
「大丈夫ですか?」
ふいに声をかけられて、振り向くと年配の女性がハンカチを差し出してた。
ぼんやりとそれを眺めた後、自分が泣いていることに気付く。
慌てて、礼を言ってハンカチを固辞した。
そこで、もう片方の手に何か持っていることがわかった。しっかりと握りしめたそれは、西山に返された酒の瓶だった。
ぼんやりと瓶に入った液体を眺め、それからおもむろに封を切った。
そのまま、川に向かって瓶を逆さにする。
澄んで透き通った透明なそれは、黒々とした川に飲み込まれていった。
ふと、橋の隅に小さな祠があるのに気付く。
紫陽花の花の陰に隠れた祠には、石に龍とも蛇とも分からない生き物が彫ってあった。
あの女をなぜか思い出す。
備えてあったコップの中に、僅かに瓶に残っていた酒を注いで手を合わせた。
西山を頼む、と。
そして、空になった酒瓶を持って、そのまま店に向かった。
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