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緋央は受信機を見ながらしばらく木々の間を歩いたが、やがて奥へ行くのを諦め、引き返すことを伝えて来た。祐介も同意し、林を抜けて再び道路沿いまで一緒に戻る。
緋央はその場で銀の名を呼んだが、やはり気配はなかった。
「このあたりなの?」
「数値的には、ここの方が近いんです」
緋央は道沿いを歩きながら、木々の方に向けて、何度も銀を呼ぶ。祐介も同じように呼んでみた。自分の声で、逆に怖がらせないかと、少し心配しつつ。
「誰か探してるんかい?」
ふいに後ろから声がかかった。
見ると道路わきにトラックを止めて、先ほどの斎藤が運転席からこっちを見ていた。
「斎藤さん。あの、鷹を……」
「鷹?」
わざわざ車から降りて来てくれた斎藤に、祐介は事情を説明した。
見知らぬ人間が近づくと、銀が怖がるかもしれないと思ったので、なるべく声を低くした。斎藤も、合わせるように声のボリュームを落とす。
「ああ、それでさっき社長の怒鳴り声が聞こえたんだな。何だろうと思ってたけど、まさか鷹相手に怒鳴ってたとはね」斎藤は苦笑する。
「なんだか、すごく怒らせてしまったみたいです。鷹を連れてたせいもあるんだろうけど……でもあんなに怒鳴らなくても……」
先ほどのモヤモヤを思い出して、祐介はつい斎藤に愚痴ってしまった。
「まあ、二年前に鳥インフルで、えらい目に遭ってるからね。鳥見たら今でもイラつくんだろうよ」
「あ、その話は聞きました。養鶏場が潰れてしまったらしいですね」
「そうなんだよ、あれ以来、大好きな鳥撃ちもやめちゃったくらいだから。あ、社長、狩猟免許持っててね、毎年この時期にはキジやヤマドリ、バンバン撃ってたんだけど」
「やっぱり、やめたのは鳥インフルがきっかけなんですね」
「やっぱりって、社長が猟やってた事も知ってた?」
「あ、いえ、あの、何となくです」ややこしくなると思い、祐介は言葉を濁した。
「けど、鳥だけじゃなくて狩猟全般やめちゃったのには驚いたな。俺の親父と猟友会仲間でね。若いころから一緒にイノシシやシカも撃ってて、毎年この時期になると猟仲間率先して山に入ってたんだが」
「そうなんですか……。そういう余裕も無くなっちゃうほどショックだったんでしょうね」
さほど幸三に同情はしていないが、饒舌になって来た斎藤に、祐介も調子を合わせる。
「ほんとだよ。新しい品種かけ合わせた、オリジナルブランド鶏の立ち上げもあと一歩のところだったのに。社長じゃなくったって大ショックだよ。そう言えばさ、イノシシとうちのブタを掛けあわせて、うまいイノブタを作れないかって、倉庫で何頭も育ててたけど。あれも結局、鳥インフルのせいで頓挫しちまったな。当たったらデカかったのに。がっかりさ」
斎藤はかなり残念そうに言う。
「イノブタを、倉庫で……ですか」
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