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「あ、平気。かすり傷だから」
「平気じゃないです。すぐに手当てしないと。服も濡れてるし……。着替えは? 家は近くですか?」
「いや、家は……遠くて。……着替えも、ない」
現実に引き戻された。
家はないし、デイパックに入るだけの、究極に限定された衣類しか持っていない。
パーカーと下着は替えがあるが、ジーンズもジャンパーもこれ一本だけしかない。かなり詰んでいた。
「私の家が、歩いて十三分のところにあります。そこまで我慢できますか?」
「え、君の家?」
「はい、傷の手当てをします。着替えも、探せばあると思います。冷え込んで来たので、すぐに行きましょう」
「行きましょうって、……だめだろ、見ず知らずの男を家になんかに連れて行ったら」
「今、知り合いました」
少女は自分のウエストバッグから、右手だけで器用にタオルを取り出すと、祐介に渡してくれた。手の傷に巻いておけ、と言う事らしい。
「あ、ありがとう」
「こっちです」
少女はくるりと背を向け、左手に鷹を載せたまま軽やかに土手をのぼり、川下に歩き出した。
もう、ついて行くしかない空気だ。
祐介は慌ててデイパックを拾い、その背中を追った。
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