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銀は時折祐介をちらりと見るが、また安定した姿勢で、少女と同じようにまっすぐ前を見つめる。
この鷹は少女の気持ちを、きっと今出会ったばかりの自分の何倍も理解しているんだろう。そんなことを思った。
「えーと。紹介が遅れたけど、俺、友井祐介って言います。名前も知らない男を家に連れて行くのはまずいだろうと思うし」
まだ名乗っていないことを祐介はようやく思い出した。
「……私は、緋央です」
「ひお?」
「はい。白崎緋央」
高3なのだと、付け加える。自己紹介する横顔は今までと違い、なぜか少し恥ずかし気に見えた。
「緋央ちゃん。そっか、高3かぁ……。いいなぁ、俺もその頃に戻りたいよ。あの頃は先の事なんて何も考えずに気楽に過ごしてたなあ。まさか数年後、文無しになって、川のカモを獲って食おうとするなんて、思いもしなかった――」
言ってしまってからハッとした。
遅かった。
じっとこちらを見つめる緋央と目が合う。
「獲って食べようとしたんですか」
あまりにも真っ直ぐ訊かれてしまった。
冗談だと笑い飛ばしてもよかったが、この子を相手に、今さら見栄を張って、取り繕う意味も無い気がした。
「実を言うと、一昨日からろくに食べてなくて。いろいろ不運が重なって、一週間前に住むところが無くなっちゃったんだ。しばらくはネカフェに寝泊まりしたんだけど、金も乏しくなって……。でね、昨日の晩、半年前にお金を貸してた知人の実家の住所を、カバンの底から偶然見つけて、これで何とかなる! って思って飛び上がったんだ。藁をもつかむ思いでこの町まで来たんだけど、結局そいつ、実家には帰ってないみたいだし。ああ、終ったな……って感じでさっき、川沿いを歩いてたんだ」
語るほどに、自分がみじめになって行く気がした。
濡れたジーンズが冷え切って、気力と共に、腰から下の皮膚感覚までもが奪われていく。
「その人の携帯番号は?」
「知り合った当初に聞いてたけど、そこに掛けてもつながらなかったんだ。現住所とか、いろいろ訊いてたらよかったんだけど。そん時貸したのは競馬で当てた金だったし、返済なんてどうでもいいって思ってたんだ。いまさら必死こいてそいつ探すのはめちゃくちゃダサいけど、そうも言ってらんなくなっちゃったから……」
「このあと、どうするんですか? 住む場所もないのに」
「そうだよね、どうしたらいいんだか」
「……お仕事は」
緋央が、訊きづらそうに訊いて来るのが分かった。
「ああ……ええと、今はその、勉強中というか」
「学生さんなんですか」
「まあ、専門学校的なところにね……ちょっと」
ああ、ついに嘘が混じり始めた。
「宿なしじゃ、バイトもみつかんないし、学校どころじゃないし、……って感じで。今は休学中なんだけど」
言葉が鉛のように重くて、後が続かない。
こんな自分でも、嘘を吐くことには未だに慣れていないんだと痛感して、妙に笑えて来る。
祐介はギシギシに冷え切った足を見降ろしながら、次の言葉を探した。
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