フライトコール

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 一人取り残された祐介は、所在なさげに今を見渡した。本当にごく一般的な家庭の居間だ。古い家だが、きちんと片付けられている。  ただ、高校生の娘と両親と、祖母の三世代が暮らす家にしてはとても質素で、物が少なすぎる気がした。こたつには、座布団がふたつしかない。  奥の部屋から洗濯機の回る音が聞こえ、やがて(かご)にミカンをたくさん乗せて、栄が戻って来た。  祐介の目がミカンに釘付けになる。空っぽの胃がギューッとよじれる。 「乾くまで時間がかかるかもしれないけど、こたつに入って、これでも食べてて」 「いただきます!」  勢いよくミカンをむさぼる祐介に、「大好きなのね」と栄はまたもや朗らかに笑った。恥ずかしいけれど、止められない。甘いミカン果汁が胃に入ってくるほどに、生きた心地がジワジワもどって来る気がした。 「鷹匠は、鷹に危険が及ばないように、細心の注意を払うものなの」  栄は、自分もミカンをひとつ手に取り、話し始めた。 「川でカモを獲る時は、葦などの障害物の無い狭い川を、横断させて狩る。障害物があればそれにぶつかってしまって羽根を痛める危険があるでしょ。それに、川に沿って長く飛ばすのも、緋央は特に避けてた。獲物ごと川に落ちてしまって、もしも自分の到着が遅れた場合、銀に大きなダメージが生じるから」 「川に落ちたら、鷹はどうなるんです?」 「カモのように羽根が耐水性に出来てないから、獲物が重くて長時間水につかっていたら体力を奪われて、流されてしまうこともあるの。だから緋央はすぐに飛び込んで救い上げるのよ」 「じゃあ、今日は長い距離を飛んで、間に合わなかったんですね。カモがすばしっこかったのかな」 「コガモだったからだと思うわ」 「コガモ?」 「昨日ね、何の気なしに言っちゃったのよ。コガモ、また食べたいなあ~、って」 「……はあ」 「小柄だけど、とてもおいしいカモなの。でも、このあたりの川にはあまり来ないし、飛ぶスピードが速いからタイミングを計るのが難しいんだって、正信(まさのぶ)さんが良く言ってたわ。あ、……緋央のお爺ちゃんね」 「銀の、元の飼い主さんですよね。とても腕のいい鷹匠だったって」 「あら、緋央がそんな話までしたの。へぇー。祐介さんの事、すごく信頼してるのね」 「いや、それは、よく分かんないですけど」  けれど栄の説明で、あのとき緋央が何を思っていたのか、祐介にも何となくわかった気がした。  銀を大切にして狩りをしつつも、栄に美味しいカモを獲って来たかった。それなのに、どちらも成し遂げられなかった。言葉では一切言い訳しないけれど、すごく悔しかったのだろう。
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