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「緋央ちゃんって、なんか、カッコいいですよね」
ボキャブラリーが貧困で、それしか出て来なかったのが哀しかった。
「でしょ。私もそう思う」
栄は、ニコニコとミカンを頬張る。少しも謙遜しないところが可愛く思えた。
「鷹匠をやってたのは、亡くなったお爺ちゃんだけなんですか? 緋央ちゃんのお父さんとか、お母さんは」
「緋央に両親は居ないの。六歳からずっと、私と正信さんが育てて来たから」
相変わらずニコニコと栄は言う。
「ああ……そうなんですか」
会話が何となくそこで止まった。
目の前には、祐介の食べたミカンの皮が山盛りになっている。
「おばあちゃん」
不意に声がした。振り向くと、戸口に緋央が立っていた。
「銀はどこも怪我をしてなかった」
「良かったじゃない。祐介さんのお陰ね」
栄の言葉に、緋央が頷き、改めてぺこりと頭を下げた。
「いや、そんな、もうたくさんお礼は言ってもらったし、手当もしてもらって、服も貸してもらって、ミカンももらって、こっちこそお礼言わなきゃ」
緋央がミカンの皮の山をじっと見つめる。栄が笑った。
「祐介君はミカン大好きなのね。服が乾いたらたくさん持って帰るといいわ」
「おばあちゃん、違うの」
「え?」
「この人、昨日から何も食べてないの。お金もなくて、家も無くて、だから、これから帰るところも無くて」
「まあ」
「え、あ、あの、それは……」
思わず腰を浮かせる。まさかここでそれを暴露されるとは思わなかった。恥ずかしさで胃にたまったミカンが逆流しそうになる。
「だから、何か力になってあげられないかと思って……ダメかな、おばあちゃん」
中腰のまま、祐介の動きが止まった。栄の視線が、その祐介にゆっくり向けられる。
「あぁー、それであんなに」
栄は頷きながら、快活に笑い始めた。
「そう言う事なら早く言ってくれればいいのに。なんでそんなことになったかは分からないけど、銀の命の恩人だもの。このまま返しちゃったら正信さんにも怒られちゃう。そうね、今夜は隣の納屋を使うといいわ。ちょっと寒いけど、寝泊りできる物置が二階にあるし。ああ、長いこと使ってないから、掃除してもらわなきゃいけないかも。あと、お布団運ぶのも手伝ってね」
栄の気前のいい提案を、祐介は口をぽかんと開けたまま聞いた。急展開に思考がついて行かない。
そんな祐介を見ながら、緋央が初めて、少女らしい柔らかな笑みを浮かべた。
冷たい薄氷が、ほわっと溶けて行くような。何とも言えない温かさが祐介を包む。
「あらやだ、泣いてるの? 祐介君」
「なっ、泣いてなんか……」
「掃除頑張ってね。あと、晩御飯はシシ鍋でいい? ちょうど知り合いの猟師さんから獲れたてのシシ肉もらったのよ」
もう、泣くしかなかった。
こんな自分にどうして、と聞きたくもあったが、それよりもただ礼を言って、頭を下げた。
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