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坂を降りてしばらく行くと、五歳くらいの子供を連れた中年の男性が、道の反対側から歩いて来た。子供は銀を見て興奮し、見せて見せてと近寄って来たが、緋央は体でガードするように銀を隠し、「ごめんね」と小さく言っただけで、その場をやり過ごした。
その親子とずいぶん距離がはなれても、銀はしばらくの間、羽毛をぶわっと膨らましたままだった。きょろきょろと視線が泳ぎ、怯えたように見える。
「鷹は、とても繊細で臆病な生き物なんです。決して人に懐くことはないし、人が思い通りにしつけることはできない。私が祐介さんに教えられることがあるとしたら、安易に飼ったりしてはいけない、という事くらいです」
さっきの質問の答えは、真っ直ぐな忠告だったが、初めて名前を呼んでもらったことが嬉しくて、すんなり受け入れられた。
「じゃあ、そんな気難しい鷹を手懐けて、狩りに使う事が出来る鷹匠って、やっぱりすごいんだな。手に乗せるだけで三年かかるの、分かる気がするよ」
「そうじゃないんです」
緋央は気を害した風でもなく、まっすぐ前を見て歩きながら続けた。
「鷹匠は、鷹を利用して狩りをするんじゃありません。人間が鷹を主人と思って、仕えるんです。『鷹をいつくしみ、裏切ることなく誠実であれ。』それが、お爺ちゃんから伝えてもらった、諏訪流の教えです。私は今でも、銀の補佐です。銀がうまく狩りができるように、首尾よくお手伝いしないといけないんです。……それなのに昨日、私はこの場所で、最悪なタイミングで銀を放ってしまった。未熟な証拠です」
ちょうど前方に、昨日銀を助けたあの河原が見えて来た。
緋央が語った諏訪流の教えに、痺れる程の感銘を受けた祐介だが、緋央が昨日、栄にコガモを取ってあげたいが為にやらかした優しいミスもまた、同じくらい眩しく感じられた。
「今日は、うまくいくといいね」
それだけ言うと、緋央は少しはにかんだように頷いた。
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