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気づかれないように近づき、飛びかかればなんとかなるかもしれない。いや、何とかしなければならない。天が与えてくれた絶好のチャンスなのだ。やるしかない――。
頭の中にはそれしか無かった。
祐介が狙いを定めたのは、岸から一メートル足らずの水面にいる、首から上が朱色のカモだった。
川幅はそんなに広くないが、両岸には、枯れた葦が密集している。
その繁みと祐介が歩いている土手との距離は二メートル弱。
高低差は一メートルくらい。
気づかれないように土手を降りてギリギリまで近づき、草陰から思い切り飛びかかれば、勝算はゼロではない。運動神経には自信があった。
まずはゆっくりと身をかがめ、音を立てずに土手を降りていく。
繁みが目隠しになっているのか、下に降りきっても気づかれる気配はなかった。
隙間から息を殺して様子を伺う。
あの朱色頭のカモが水中に首を突っ込んだ時が狙い目だ。タイミングさえ間違えなければ絶対にイケる。あともう少し――。
息をつめて近づいた祐介の見下ろす先で、カモはポチャンと水の中に顔をつけ、黒い尾っぽを空に向けた。
今だ!
飛びかかろうと足を踏み出した、その時だった。
「ガァー」
祐介の右手、川上の方で別のカモの声がした。
祐介の狙った獲物も、周辺に浮いていたカモも、何かの指令を受けたように一斉に翼を羽ばたかせ、すべて川下の方向に飛び立ってしまった。
「俺の飯が!」
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