フライトコール

3/63
前へ
/63ページ
次へ
 気づかれないように近づき、飛びかかればなんとかなるかもしれない。いや、何とかしなければならない。天が与えてくれた絶好のチャンスなのだ。やるしかない――。  頭の中にはそれしか無かった。  祐介が狙いを定めたのは、岸から一メートル足らずの水面にいる、首から上が朱色(しゅいろ)のカモだった。  川幅はそんなに広くないが、両岸には、枯れた(あし)が密集している。  その繁みと祐介が歩いている土手との距離は二メートル弱。  高低差は一メートルくらい。  気づかれないように土手を降りてギリギリまで近づき、草陰から思い切り飛びかかれば、勝算はゼロではない。運動神経には自信があった。  まずはゆっくりと身をかがめ、音を立てずに土手を降りていく。  繁みが目隠しになっているのか、下に降りきっても気づかれる気配はなかった。  隙間から息を殺して様子を伺う。  あの朱色頭のカモが水中に首を突っ込んだ時が狙い目だ。タイミングさえ間違えなければ絶対にイケる。あともう少し――。  息をつめて近づいた祐介の見下ろす先で、カモはポチャンと水の中に顔をつけ、黒い尾っぽを空に向けた。  今だ!  飛びかかろうと足を踏み出した、その時だった。 「ガァー」   祐介の右手、川上の方で別のカモの声がした。  祐介の狙った獲物も、周辺に浮いていたカモも、何かの指令を受けたように一斉に翼を羽ばたかせ、すべて川下の方向に飛び立ってしまった。 「俺の飯が!」
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加