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緋央の祖父、正信が亡くなったのは、事故だったと祐介は思っていた。
昨夜その話が出た時も、栄はそう言っていた。二年前、狩りの途中で、崖から転落したと。
「事故じゃなかった、ってこと?」
「おばあちゃんは事故だからって、あきらめてるけど、私は納得していません。あんな、自分の庭のように毎日歩いていた山で、足を踏み外すなんて考えられないし」
緋央は堰を切ったように話し始めた。
「一緒にいた猟犬のゴンが帰って来なかったのも、おかしすぎるし。二年前、私は駐在さんにお願いしたんです。あの時、きっと何かあったんだって。調べてほしいって。でも駐在さんは、子供をなだめるみたいに適当に受け流して、何もしてくれなかった。急斜面もあって年寄りにはキツイ山だったからね、って。そればっかり言われて……。すごく、悔しかった」
そこまで言い終えて、緋央は右の指先で目尻をこすった。
正信の死が、単なる事故だったのか、それとも、そうではなかったのかはたぶんもう永遠に分からないのだろう。
けれど緋央がその当時、自分の非力や警察の対応に、どれだけ悔しい思いをしたかと言う事だけは、ひしひしと伝わって来た。
緋央はたぶんその時、たった一人で耐えたのだ。
「辛かったね」
自然と出た言葉に、緋央は驚いたように視線を上げた。
大きな瞳が、赤く潤んでいた。
「ということで、警察に届けるのは無し。これは、僕ら二人だけの案件だ。そういう事で、いいね」
ほんの少し格好つけてそう言うと、張りつめていたものが緩んだように、緋央は柔らかい表情で頷いた。
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