フライトコール

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 * 「銀を手に乗せてないと、更に歩くの早いのな、緋央ちゃん」  午後三時。祐介と緋央は互いの作業を済ませ、情報集めに繰り出した。  長時間、ほうれん草とブロッコリの苗づくりに専念し、ガチガチになった腰を伸ばしつつ、緋央の後を追っていく。  白崎家周辺には全く人気(ひとけ)が無かったので、とりあえず坂の下の住宅地辺りまで降りていく。有難い事に、けっこう人通りがあった。  ここでの聞き込みは、一、外から隔離されたような豚小屋に心当たりがあるか、二、この小さな指輪に心当たりがあるか、そして三、これは祐介の個人的案件だが、岡田零士を知っているか、または見かけたことはあるか、の三点だった。  犬を散歩中の男性、家の前を掃除している女性、自動販売機で買い物中の青年、学校帰りの中学生男子。川と住宅地に挟まれた道沿いを歩きながら、片っ端から声をかけてみる。  質問役はほぼ、祐介だった。  奇妙な質問をする青年と補佐の少女に、最初は驚いた表情をするが、のんびりとした土地柄のせいか、皆それなりに真剣に考えてくれた。  中には、「探偵さん?」と、面白そうに食いついて来る学生もいた。  住宅地の方まで足を延ばしたのが功を奏して、小さな酒屋の前で、零士と中学校時代の同級生だという女性に行き当たった。  喜んだのもつかの間。彼女はこの数年、まったく岡田零士の姿を見ていないし、見たという噂も聞かないという。他に親しい友人に心当たりが無いかも訊ねてみたが、彼女は苦笑いを浮かべ、「岡田くんにそんな友達、いないんじゃない? ヤバイ仕事ばかりしてるって噂だし」と、さらりと言って、去って行った。  そんなことないだろ、友達ぐらいいるだろ! 思わずその背中に言いそうになったが、緋央の手前、ぐっと飲み込んだ。  指輪の情報は皆無。どこにでもある安物のリングだと言う事は間違いないらしい。  ブタ小屋に関しては、ある老人が、養豚場ならこの町にもあるよ、と教えてくれた。もうあきらめて、帰ろうとしたときの事だ。 「どこですか、どんな養豚場ですか、外から隔離されたような(おり)がありますか」  祐介が前のめりで質問すると、老人は「どんな檻かと言われても、よく分からんが」と、困ったように笑い、「たしか浅野牧場だったかな。けっこうでかい規模で養豚してると思うよ。広報誌見たら載ってるんじゃない?」と、それだけ言って去って行った。  その背中に一礼したあと、祐介は初めてメモ帳に、『浅野牧場』と書きこんだ。 「帰って栄さんに訊いてみよう。そうか、養豚場かあ……」  つぶやきながら祐介はメモ帳をポケットにつっ込む。ブタ小屋というイメージよりも、少しばかり規模が大きくなった気がしたが、今のところ一番有力な情報だ。 「浅野牧場……。それ、おばあちゃん、知ってるかも」  思いがけない緋央の言葉だった。 「ほんと?」  緋央は小さく頷く。
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