フライトコール

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 大野家は、岡田零士の家の、空き地を隔てた左隣にあった。  昨日零士を探しに来た時に、祐介もその家の存在に気づいていた。ご近所だし、零士の事を聞いてみようと思ったが、すべての雨戸が閉まっていたので諦めた、小ぢんまりした民家だ。  大野家の玄関先には、灯りがついていた。ホッとしてインターフォンを押す。  出て来てくれた初老の女性は、回覧板を持ってきた祐介に戸惑ったものの、白崎家に厄介になっている者だということを丁寧に伝えると、快く話を聞いてくれた。 「ああ、零士君のお友達なのね。そうね、私が一番最近見たのは、もう半年ぐらい前だったかしら。なにしろ、私も留守がちだから……。お役に立てなくてごめんなさいねえ」 「いえ、全然……。あの、零士の親しい友達とか、消息を知ってそうな人って、心当たりありますか?」  半ば、諦めた上での質問だった。六十代くらいの女性に、零士の交友関係は分からないだろうと思った。 「あの子の身内なら、一人だけ心当たりがあるけど……」 「本当ですか」 「あなたは知ってるかしら、浅野幸三さん。浅野牧場っていう養豚場の、社長さん」 「え……」  聞き違いかと思ってもう一度確かめたが、やはりそれは紛れもなく、あの浅野幸三だった。  あまりにも奇妙な偶然に、祐介の声も上ずった。 「身内って、親戚って事ですか?」 「そう、幸三さんは伯父さんに当たるのよ。零士君のお父さんのお兄さん。奥さんの養子に入られたから、零士君は岡田姓だけど。あそこも複雑でね……。まあ、こんな話をするのもあれだけど」  複雑な家庭事情は、栄からある程度聞いていたが、祐介はそれよりも、浅野幸三と零士の親密度が気になった。 「浅野さんに会えば、零士のこと、分かるでしょうか」 「うーん、どうかしらねえ」  婦人は、渋い声を出した。  聞くとどうやら、零士の父親と浅野幸三は、親の遺産を巡ってかなり揉めたらしい。零士の母親からは、もうほとんど浅野幸三とは付き合いがないと聞いた記憶があるという。 「零士君にこの家を残して、自分たちは県外に出て行かれたものだから、私もご両親の消息は分からなくて。思いつくのは浅野社長さんだけなのよ。ごめんなさいね」  再び申し訳なさそうに婦人が言うので、祐介は大きく(かぶり)を振る。 「いえ、ありがとうございました。助かります」  祐介は深々と頭を下げ、大野家をあとにした。
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