フライトコール

47/59

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
「実は、半信半疑なんです。誰かが意図的に飲み込ませないと、絶対にカモは飲み込むことは無いから、あれは誰かからの必死のメッセージだって、緋央ちゃんは思い込んでるみたいで。俺も最初はそう思ったんだけど……、そんな状況、本当に有り得るのかな、って」 「現実みが沸いて来ないわけよね。分かるわ、それ」  栄は祐介の揺れる気持ちを理解してくれているが、それを手放しに喜ぶのも、申し訳ない気がした。  緋央が切なそうに言った、あの言葉のせいだろうか。 ――暗い部屋に閉じ込められたら、怖いんです。誰かに助けてって言おうとしても、誰にも届かなかったら。……すごく怖いんです。 「あの、……緋央ちゃんって、どういう子どもだったんですか? ご両親はいないって聞いてたけど」  あえて話題に出すのを避けて来た祐介だったが、切り出すには、いいタイミングのような気がした。 「ああ、それね」  栄は少し言いにくそうではあったが、それでも丁寧に話してくれた。  緋央は、栄の娘の子供だった。  父親の職場のある街で、親子三人暮らしていたが、緋央が四歳の頃、母親は病気で亡くなってしまった。  父親は子育てに参加することのない仕事人間だったが、すべてに完璧主義で、栄が緋央を引き取ろうかと提案しても、子供くらい自分一人で育てられますと、突っぱねた。  世の中には父子家庭も多くあるし、普通の子供なら問題なかっただろう。  けれど緋央は、母親の死のショックからほとんど言葉を話さなくなり、父親にも意思表示や、甘えると言う事を一切しなかった。  そんな状態の子供を、仕事一筋だった男が育てられるのかと、栄も正信もひどく心配したが、父親の「うまくやっていますから」という言葉を信じ、深く入り込まなかったという。  だが、緋央が六歳になったある朝突然、父親は緋央を連れて白崎家を訪れた。  入学手続きのために連れて行った学校で、意思疎通が出来ない緋央に養護学級をすすめられてしまったのだという。  父親の口調には、ショックというより、怒りの方が強く感じられた。さらに父親は、自分にはもう、この子を育てる自信が無い、自分の人生を取り戻したいと、緋央の横ではっきり言ったのだ。  申し訳ないと、父親は頭を下げてくるが、緋央に対する謝罪や慈しみの言葉は一切なかった。  その姿を見て栄はすべてを理解した。  正信も同じだったようで、家に一歩も立ち入らせず、そのまま父親を追い返した。  緋央のものは、後で全てこちらに送れ。それでもう、あんたとの関係は終わりにしよう、と。  その後、父親によって、ことある毎にクローゼットに閉じ込められていたことを緋央の口から聞き、栄も正信も居たたまれない気持ちになったという。  そのときのトラウマか、小学生の間は酷い閉所恐怖症(へいしょきょうふしょう)だったが、ようやくこの頃、少しマシになって来たらしい。 「本当に緋央には申し訳なかったわ。もう少し早く引き取ってあげられていたら、深い傷を負う事も無かったでしょうに」  静かに言う栄に、祐介は胸が詰まって、言葉がうまく出て来なかった。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加