フライトコール

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 *  浅野牧場は、広大な敷地を持つ養豚場だった。  祐介は栄の軽トラを降りた後、サイロをいくつも備えた平屋建ての豚舎を眺めながら、事務所らしき奥の建物へ進んだ。 「友井祐介君? 二十五歳ね。履歴書、もうちょっと詳しく書いてもらったほうがいいんだけど……、まあいいや。とりあえずどんな仕事するのか見て行って。いろいろ見てさ、それでもやりたいって思うんだったら、改めて履歴書提出してくれればいいから。じゃ、そこの消毒済みの長靴に履き替えて、手を綺麗に洗ってから、ついて来て」  対応してくれたのは、白髪交じりの斎藤という従業員だ。  東側にある三元豚(さんげんぶた)肥育舎(ひいくしゃ)の責任者だという。  丁寧に豚舎を案内してくれる斎藤に少しばかり罪悪感を抱いたが、せめて真面目に話を聞こうと、祐介は気持ちを切り替えた。 「ほら、ここの肥育舎、臭くないだろ? 豚たちの足元のふかふかの発酵土が、糞尿の匂いを取ってくれるんだ。豚の世話って言うと臭くて汚いイメージあるかもしんないけど、それは昔の話しさ」  自慢げに斎藤は言う。  まるで商店街のアーケードのような屋根の下、二十メートル四方の枠組みが、はるか向こうまで連なり、それぞれの枠の中では、三、四十頭の豚たちが、のんびりと歩き回っている。斎藤の言うように、想像したほどの匂いは無かった。  外気を遮断する壁などはなく、低い柵と、雨避けのパネルがあるだけで、とても開放的な空間だ。  繁殖舎(はんしょくしゃ)や、分娩舎(ぶんべんしゃ)なども見せてもらったが、やはり低い柵があるだけで、すべての豚が見渡せる。 「ここの豚舎は、全部こんな感じなんですか? 外から見えないような、個室のような豚小屋って、ないんですかね」  奇妙な質問をしてしまったが斎藤は、「ここは豚にストレス与えないように極力光を入れて風通し良くしてるんだ。他所じゃ、まだ個別の豚舎はあると思うけどな」、とすこしばかり自慢げに笑った。  その後も施設を注意深く見たが、監禁できそうな場所も、カモに接することが出来そうな場所も、見当たらなかった。  どうやら、ここはシロと言う事で間違いないらしい。  ブタ小屋探しは、また振り出しに戻ってしまったが、今後の捜索については、改めて緋央と相談しよう。  この案件は、緋央が気のすむまで付き合ってあげようと考え始めていた。監禁少女の存在の有無にかかわらず。  栄に教えてもらった緋央の過去が、祐介の気持ちを動かしたのだ。
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