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「私の甥の零士について、何か話があるようだね。友井祐介君」
自己紹介もしていない祐介に、浅野幸三は、野太い第一声を寄越した。
八畳ほどの簡素な社長室の一番奥のデスクに座り、幸三は棒立ちしている祐介をまるで射るように、二つのぎょろりとした目で見据える。
がっしりとした体つきも、血色の良い肌も、とても七十過ぎには見えない。
先ほど外で見かけた時は、それらが若々しさの象徴に見えたのに、今はなぜか威圧感にしか思えず、身がすくむ。
「は、はい。あの、お電話で済むくらいの、ちょっとしたことだったんですが」
「呼び寄せたのは、迷惑だったかな?」
「いえ、とんでもないです。ありがとうございます」
祐介の目、口元、所作、すべてを観察するように、幸三の眼球が動く。
「零士の知り合いと言う事だが。地元の友達かな?」
声が更に野太くなったように聞こえた。
「いえ、あの、以前住んでいた街で、バイトを通して知り合いました」
「なんだ、地元民じゃないのか」
幸三は、大きく息を吸い込み、椅子の背に体を預けた。スプリングのギシギシ鳴る音まで、祐介を威圧しているように聞こえる。
「はい、実は、零士を探して、この町まで来たんですが、零士に会えなくて。だから、零士の行方をご存知ないかと思って……、お電話させてもらったんです」
祐介は当初の諸々の設定を変更し、ストレートに聞いてみることにした。行方を知っているかどうか。それだけ確かめれば、もうここには用はない。
「私が伯父だと言う事は、どこで聞いた?」
「あ……、バイトしてる時に」
少し嘘が混じったが、これくらいなら大丈夫だろう。
「わざわざこの町に、零士を訪ねて来て、会えないと分り、私に連絡先を聞こうとした……ということかな?」
「はい、そうです」
「ではなぜ、ここでバイトをしようと?」
幸三は、デスクの上の紙を、太い指でトンと叩く。祐介の履歴書だ。
「あの、金銭的に厳しくて……。零士を探しながら、バイトできればいいな……なんて考えてたら、ちょうどここの求人情報を見つけたんで……はい」
「見知らぬ町でバイト探し? 住所の記載が無いってことは、宿無しと言う事か? ふつう常識では考えられないな」
うかつだった。
バイトの件に話しが移行すると、どんどんつじつまが合わなくなってしまう。
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