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勢いよくドアを閉め、祐介が部屋を出て行くと、幸三は深く椅子に背を預け、鼻を鳴らした。
先程までの苛立ちや焦りは、ただの取り越し苦労だった。今の青年が、こざかしい細かな嘘を並べたのは、幸三が危惧した理由などではなく、ただ、金の無心だったという訳だ。
年中遊び歩いているあの放蕩息子の事、そんな輩が付きまとうのは何の不思議もない。零士と連絡が取れなくて必死なのは、たぶん本当の事なのだろう。
事務員が、零士の友人から話があると電話があった事を聞いた時には、大して気には留めなかったが、その本人が、今ちょうどバイトの面接に来ている青年と、同じ子のようだと聞いた時、急に嫌な予感がした。
すぐに履歴書をもって来させると、なるほど、最初の問い合わせ電話のメモに書いてあった名前と同姓同名だ。
職歴も現住所も書きこんでいない適当な履歴書は、ただのダミーであり、青年の目的は別にあるに違いないと思い込んでしまった。――こいつは、何を探りに来たのだ? と。
だが。どうやら、深読みのし過ぎだったようだ。
幸三は、大きく息を吐き、タバコに火をつける。
この男は採用不可だと斎藤に伝えておこう。
幸三が目の前の履歴書を折りたたむと、クリップがはずれ、事務員が朝方書いた、メモ書きがはらりと落ちる。先ほどの青年の名前の下に、小さく電話番号があった。よくよく見ると、携帯番号ではない。この地域の市外局番だ。末尾が特徴的な、数字のぞろ目。
じっと見つめるうちに、悪寒が背中を走った。
目の前の受話器を取り、こちらの番号が非表示になるように184を押した後、そのメモの番号に掛けてみる。ナンバーディスプレイを使っていない家であることを願いながら、じっと待つ。4回目のコールで、受話器は取られ、相手の快活な声が聞こえて来た。
『はい。白崎でございます。……もしもし? ……祐介君?』
蒼白になり、幸三は受話器を戻した。目を見開き、呆然と立ち上がる。
――バカな。なぜだ!
ドアに向かって歩きながら考えを巡らせるが、脳内は混乱するばかりだった。
――なぜだ、どこでそう繋がるんだ!
無意識に呼吸が荒くなる。応接台に二度膝をぶつけたあと、幸三は部屋から飛び出した。
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