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情けなさと屈辱に押しつぶされそうになりながら、祐介は廊下を歩いた。
自分は零士の所在を聞きたかっただけだ。金の無心に来たなどと思われただけでも腹立たしいし、弁解の余地も与えず、人を侮辱する幸三が、憎らしくてたまらなかった。
確かに、施設を見るために面接を装ったことは、よくなかったとは思うが、それとこれとは違う気がした。
社屋を出て、祐介は肥育舎の方を見渡した。もし斎藤がいれば、一言だけ挨拶して帰ろうと思ったのだ。けれどあいにく人影は見当たらない。
あとで電話でもしようと諦め、ゲートの方へ歩き出した時だ。正面からこちらに歩いて来る人影が見えた。
緋央だ。銀もつれている。
「緋央ちゃん」
驚いて声をかけると、緋央は小走りで近寄って来た。
「なんで?」
「予定のところまで勉強が終ったから、おばあちゃんにお願いして、門のところまで連れて来てもらったの。この近くに、カモがよく飛来する池があるし、そこで狩りをしようかと思って……」
走って来たからか、少し頬を赤らめて緋央は話す。
彼女なりに心配してくれたのだろう。そう思うと、有難いのと同時に自分が情けなかった。自分は何の情報も得られないばかりか、ただ、無駄に幸三を怒らせ、さんざん侮辱されたあげく、放り出されてしまった。
「ごめんな……」
銀を見ながら、祐介はそれだけ言った。銀は黄色い目を瞬かせ、緋央はそんな様子の祐介に、わずかに首を傾げる。
緋央が何か言葉を発しようとした時、それは起こった。
緋央の左手に収まっていた銀が、突如背中から頭までの羽毛を逆立て、けたたましい声で鳴き始めたのだ。
振り返ると、肩をいからせ、鬼の形相でこちらに歩いて来る幸三が目に飛び込んだ。
「お前ら何をしてる! なぜ鷹がいる! ここをどこだと思ってんだ」
怒号と同時に幸三は、地面の砂利を蹴りあげた。唖然とする祐介や緋央を見据え、そのまま砂ぼこりの中をどんどん近づいて来る。
緋央は手元を隠すように勢いよく体をひねったが、その反動で銀は一気に空高く舞い上がってしまった。
「銀!」
動転してしまったらしい銀は緋央の声に反応せず、鈴音を響かせながら門のむこうへ飛び去ってしまった。
緋央は慌てて追いかけていく。
「畜生めが。二度と近づくな!」
あまりに酷い物言いに、祐介は歯を食いしばって幸三を振り返ったが、異様なまでに充血した目で睨み返して来る幸三に気圧され、言葉が出てこない。
その罵倒でも足らないのか幸三は、仁王のようにその場に立ちはだかり、祐介を更に睨みつけた。
頼まれても二度と来るものか。祐介は心の中で叫び、幸三に背を向けて走りだした。
目を凝らすと銀はすでに道路の先に広がる雑木林の上空まで飛び、視界から消えかかっている。
怒りを処理できぬまま、祐介は全速力で銀と緋央を追った。
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