フライトコール

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「でも、私が銀を引き継いだあと、銀とあの人が接触したことは一度も有りません。私の留守中でも、家に訪ねてきたことはないと思うし。だから銀があの人を記憶しているとしたら、おじいちゃんが一人で銀を狩りに連れて行っているときか、フライト訓練をしているときだと思うんです」 「じゃあ、正信さんが連れ出した時にバッタリ出くわして、そん時、怖い目に遭ったのかな」 「だけど、そんな事があったら、お爺ちゃんはすぐに話題に出すと思うんです。なんでも話してくれる人だったから」 「ああ、栄さんもそう言ってたもんね。でも、……そしたらいつ、銀はあの人に会ったんだろう」  緋央は少し考える仕草をしたが、それには答えず、いつも着けているウエストバッグから、黒い、トランシーバーのようなものを取りだした。アンテナ部分を伸ばし、スイッチを入れると、小さな液晶画面にモノクロの数字が表示された。 「え、それなに?」 「受信機です。銀の尾羽に発信機が付けてあるので、その電波を受信します」 「GPS? すごい。なんだー、それあったらすぐ見つかるじゃん」  祐介はホッとして笑ったが、緋央は表情を緩めない。 「木が茂っているところでは、あまり性能を発揮しないと説明書に書いてありました。ロストは初めてなので、これを使うのも、初めてなんですが」 「そうなんだ……。で、どう? 今、どんな感じ?」  緋央は液晶と周囲の木々を交互に見たあと、祐介に首を振ってみせた。うまく電波を拾えないらしい。  二人は、なるべく木々のまばらなところを中心に歩き回ることにした。 「正信さんが飼い主の時も、その、ロストって無かったの?」 「ありません。おじいちゃんは自分の腕と自分の鷹を信じていたので、発信機も着けませんでした」 「緋央ちゃんは、慎重派なんだね」 「あのことが無ければ、私もつけなかったと思います」 「あのこと?」 「お爺ちゃんが山で亡くなった日、ゴンだけじゃなく、銀も行方不明になりました。銀の初めてのロストです。お爺ちゃんの事もあって、すぐに探しに行けなくて。……二日目、お爺ちゃんが見つかった場所からかなり離れた森で、銀だけようやく見つけました。そのあと、発信機をつけることにしたんです」 「そうだったんだ……。辛いこと思い出させてごめん。……じゃあ、今回が二度目のロストって事なんだね」  一度目のロストの時も、銀は怖い思いをしたんだろうな。ずっとそばにいてくれた正信が、転落するところを見てしまったのだろうから。  何気なくそう思ったが、同時に何か妙な引っ掛かりを感じた。けれど漠然としすぎていて、緋央が足早に進むのを追ううちに、頭から離れてしまった。
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