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第四章 嫌な予感
夏休みが終わり、新学期が始まった。久しぶりに部活の仲間以外の友達と顔を合わせて、なんとなく恥ずかしいやら嬉しいやら。中には、だいぶ日焼けしている子も居て、どこか行ったのかななんて勝手に考えながら、朝の時間を過ごす。
――と、そのとき、視界の隅に沢波甲斐の姿が入ってきた。
「おはよう」
「ああ、おはよ」
片手を上げて応えてくれる。でもそれ以外話すこともなくて、見つめ合って気まずくなるのも嫌だから、ふいっと目を逸らす。
だけど、それを沢波は許してくれなかった。
「ああ、そうだ河海」
名前を呼ばれて、もう一度彼を見る。沢波は少し笑いながら言った。
「夏休み中、電話ありがと」
そう、最初の電話のあと、沢波とは夏休み中に五回くらい通話したんだよね。大体は両親が仕事に出ていて、私が留守番しているときに掛かってきたんだけど……一回だけ、お母さんが家にいるときに電話が来て。
「男の子から電話……?」
って、不思議そうな顔されたのよ。ちょっと居たたまれなかった……かな、その時は。
「あ、ううん、こちらこそありがとう」
私もお礼を言うと、沢波は小さく頷いて去っていった。え、頷くだけ? ……なんだったんだ、今の。
まあいいか。
***
始業式が終わったあとの一時間目は、学級活動の時間だった。教壇に立った担任――夜野先生が言う。
「えっと、突然ですが、席替えをしたいと思います」
静まり返るクラス。しかし次の瞬間。
「えー、席替えー!?」
「俺ここの席がいいよー!」
「心の準備が……」
教室中に沸く大歓声。
「しー、静かに!」
夜野先生が慌てて注意する。
「今静かにしないと、もう席替えしませんよ?」
途端に静かになるクラス。凄いな、席替えの力……。
先生は続けて言った。
「もう席は決めてあります。今からその席を発表するから、まずは皆さん、教室の後ろの方へ行ってください」
さすが、仕事の早い夜野先生。私はそう思いながら、皆と一緒に後ろへ行く。
「じゃあ、廊下側の男子の列から言っていくからなー。静かにお願いしますね。前の席から、えーっと……橋本、山木、栗森、山田……」
一人ずつ苗字を読み上げていく夜野先生。廊下側の二列目が全員呼ばれた。次は真ん中の列だ。
「呼んだら席につけよー。三上、沢波、近江……」
なぜか私の目は沢波を追いかけてしまう。そっか……前から二番目なんだ。そう考えていると、あっという間に真ん中の列の女子が呼ばれるところまで来ていた。
「女子行きまーす。古田、河海、杉村、常田……」
わっ。い、今、名前呼ばれたよね?
私は示された席へと向かう。歩きながら考える。えっと……二番目、だから……隣の席の男子って、もしかして。
席に座る。ちらっと、右隣の席に目を向ける。すると、バッチリ隣の席の彼と目が合ってしまった。
「やっほ」
そう小さく手を挙げる姿に、少しの嬉しさを感じる私。
「よろしく」
「あ……うん、よろしく」
ただの挨拶なのに、なぜか少し言い淀んでしまった。
「え、何?」
沢波が尋ねてくる。
「隣で嫌だった?」
え、いやいや、そ、そんなことは……。
「べ、別に? むしろ……」
私はその後の言葉を言えなかった。むしろ嬉しいよって、そう言いたかったのに――心臓がドキドキ高鳴るような、なんとも表現しがたい、今までに感じたことのない気持ちが邪魔してきたから。
私が黙っていると、後ろから「あれ」と声がした。
「河海さん、沢波くんと隣なんだ」
振り返るとそこには、市川未来くんが立っていた。サッカー部で、私の前の席が隣だった、ちょっと仲いい男の子だ。
「そうなんだよ」
私は市川くんに笑顔を向ける。……よかった誰か来てくれて。私が言葉を継げなくて変な空気になっちゃってたから、困ってたんだ。
「市川は誰と隣なの?」
沢波が市川くんに尋ねる。
「僕? 町田さんだよ」
「麻由ちゃんなんだ」
「うん。……僕はあまり話したことないんだ。でも、河海さんと同じ剣道部だよね?」
「そうだよ。ぜひ仲良くしてね」
「うん」
市川くんは、笑顔で頷いた。
「それにしても、河海さんと沢波くんが隣だなんて」
私は、その言い方に少し違和感を感じる。……いや、日本語がおかしいとか、市川くんの態度が変とかじゃなくて。
なんだろう、なんか嫌な感じ。うまく説明できないのがもどかしい。
「偶然かな、本部役員に立候補している二人が隣なんだね」
「……あ、ああ」
沢波も、市川くんが急に言い出したことに戸惑っている様子だった。
「またね」
市川くんは去っていった。私がボケッと彼の背姿を見ていると、沢波が後ろから声を潜めて言ってきた。
「河海、市川に生徒会選挙の話したのか?」
「ま、まあ。立候補してみようかな、程度には」
「そうか……おかしいな、自分は市川には教えていない筈なんだけど」
違和感の正体の謎が、なんとなく明確になってくる。
「あ、でも、沢波の場合は『選挙出ます』オーラ出してたじゃん」
「まあ……隠してはいなかったけどさ」
沢波も市川くんの席の方を見やった。
「何だったんだ、ほんとに」
――この感じた違和感が、正しかったんだと分かるのは、少し先の話。
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