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こうして、四月某日。
私――河海衣乃は、中学校生活をスタートさせた。別に待ちに待っていた、というわけではないけれど、なんだか新鮮な気分。
授業も早速始まった。先生が教科ごとに代わるというのも、進度や内容も、まだ慣れない。だけど、少しずつクラスの人たちとも打ち解けてきたし、部活動の見学などで知り合いもできた。……中学校って、別世界だと思ってたけど、もしかしたら小学校とあまり変わらないのかも。
そんなことを考えながら、ぼんやりしていた朝の時間のこと。机に佇む私に声をかけてくる者がいた。
「河海さん、部活、何にするの?」
私は声の主を見る。薄くて軽そうな黒縁眼鏡をかけた、隣の席の男の子だった。
「市川くん」
「挨拶もなしに聞いちゃったね、ごめん」
そう言って笑うのは、市川未来。まだ制服が少しぶかぶかな、人懐っこそうな子。
「改めて、おはよう」
「おはよう」
挨拶をするのも、なんだか気恥ずかしい。違う小学校だったから、出会ってニ週間というところだ。どうしても、この距離感が変化しない。まあ、そんなもんなのかな。
「部活の話、だったね。私はね、剣道部を考えてるんだ」
「ええ!かっこいい!もしかして、経験者だったとか?」
市川くんは、目を輝かせた。
「ううん、別にそういうんじゃないけど、なんかかっこいいなって」
中学で新しいことを始めたい。そう思っていた私の目に留まったのが、新しくできた武道場で稽古している剣道部の姿だったのだ。
「あれ、剣道といえば……なんか昔、めっちゃ流行ったときなかった?」
私もそれはすぐに思い当たった。
「あぁ、『スーパー小学生』のとき」
あれは、私たちが小学五年生だった頃。毎年、年齢制限無しで剣道のトップレベルの選手が競い合う、『全国選手権』があるんだけど、それの優勝者が、なんと小学六年生だったんだ。各地方予選を勝ち抜いてきた大人がたくさんいる中で、一位に輝いたのが、小学生男子。当時マスコミは、こぞって彼を取り上げた――『スーパー小学生』という名をつけて。
「なんて名前だったっけ、あの子」
「うーん、結局名前は公表されてなかった気が……」
「そうだっけ」
「たぶん。私もよく覚えてないや」
二人で笑う。
「そういえば市川くんは、部活、どうするの?」
「うーん」
彼は少し悩む素振りを見せながら答えた。
「ずっとサッカーやってきたから、サッカー部かなってとこ」
「えー、そっちのほうがかっこいい」
「いや、そんなことないよ」
「サッカーもそういえば、少し前に盛り上がったよね?」
「あー。たぶんサッカーアニメが流行ったりとか、あとワールドカップが重なったりしたからじゃないかな」
「なるほどね」
また、二人して笑った。
なんだかこの朝だけで、市川くんとだいぶ仲良くなれた。そんな、気がした。
窓の外では、残り少なくなった桜の花が揺れている。もうすぐ、初夏。
私の中学生ライフは、おそらくいいスタートを切ったんだと、そう思えた四月のことだった。
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