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沢波甲斐が私に、生徒会選挙のことを聞いてきたあの日から、もう既に一週間が経っていた。そろそろ、学校の選挙管理委員会も動き出すはず……そんな季節なのに。
私はまだ生徒会に挑戦するかどうか、決められていなかった。
「どうしよう、クラスの代表か、学校の代表か……」
部活終わりの夜空の下で、私は一人歩きながら考えている。
クラスの代表――つまり今の学級委員を、後期も続けるという選択肢。これはまだ、今もやってるということもあり、ハードルが低い。だが、学校の代表となると、話は別だった。
「生徒会……かっこいいけどなぁ……」
そう呟いた私の横に、人影が並んだ。
「どうしたんですか、そんな思い悩んでいるような声出して」
声の主の方を見る。そこに居たのは、綺麗な黒髪を背中のあたりまで伸ばしている大和撫子――船井みつるだった。私の、剣道部の友達だ。
「船井さん」
私が思わず名前を呼ぶと、彼女はふんわりと笑った。
「武道場の鍵を締めて、今職員室に返してきたところなんです。どうせ同じ方向なのですから、一緒に帰りましょう」
同級生である私にも敬語で接してくれるこの美少女は、一年二組の学級委員、及び学級委員長でもある。
困った私は、聞くことにした。
「ねぇ、船井さんはさ」
目が合った。
「生徒会本部役員への立候補、とか……考えてたり、するの?」
「生徒会、ですか……」
船井さんは、少し驚いたような顔をした。それからまた、優しく笑う。
「わたしは……あまり。今の学級委員会、楽しいですしね」
「だよね……」
「衣乃さんこそ、生徒会を考えていらっしゃるんですか?」
私は苦笑い。
「生徒会に興味があるのは嘘じゃなくて……出ようかなって思ったり、でも学級委員またやりたいなって思ったり……」
人に話せば何かまとまるかなと思ったけど、やっぱり私の心は決めきれていないようだった。結論を出さないまま口ごもってしまった私に、船井さんが声をかけてくれる。
「衣乃さんが、生徒会で活躍してる姿。見てみたい気もしますけどね」
私は驚いた。
「ほ……ほんと?」
「もちろんですとも」
船井さんは、私の目を見て言った。
「やってみたいことを好きなだけ、やってしまえばいいと思いますよ。衣乃さんの心は、どう言ってるんですか?」
私の、心は――――
一週間前の、沢波の姿が瞼に浮かぶ。アイツは立候補するのか……?
「もう少し、考えてみるよ」
長い時間をかけて考えたのに、出た結論はそれだけだった。船井さんは、私のその答えを聞いて頷く。
「ゆっくり悩んで、決めればいいと思いますよ」
彼女の言葉一つ一つが温かくて、なんだか救われたような気がした。
「ん、私だけが話しちゃったね……ごめん。聞いてくれて、ありがとう」
私がそう言うと、船井さんはヒラヒラと手を振った。
「全然、大丈夫ですよ。むしろ相談してくださって、嬉しいです」
「船井さん……」
彼女の優しい言葉に私が感無量になっていると……
「ですが衣乃さん」
急に船井さんが声のトーンを低くした。思わず彼女の方を二度見してしまう。
「は、い……なんでしょうか?」
恐る恐る聞くと。
「わたしは、この間からずーっと、『船井さん』じゃなくて『みっつー』って呼んでくださいって言ってますよね!?」
心のなかでずっこける私。てっきり、なんか真剣な話かと、思っちゃったじゃない!
いや、これも彼女にとっては真剣な話なのかもしれない。
「ご、ごめんごめん」
「謝ればいいってもんじゃないんです!ほら、わたしのこと、呼んでみてください!せーのっ」
「……みっつー」
「声が小さいですよ。もう一度!」
「みっつー!」
「よろしいです」
話し方は敬語なのに、なぜか高圧的な態度な船井さん……じゃなくて、みっつー。
そんな彼女は、あだ名で呼んでもらえてご満悦ようだ。
私はみっつーの方を見て肩をすくめながら、ふと空を見上げた。
目に、夜空に輝く月と星たちが映る。
生徒会選挙が行われるのは九月下旬――その日まで、あと三ヶ月。そんな夏のある夜のことだった。
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