第二章 決意

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「お、一年生かな?」  最初に目が合ったのは、メガネをかけた三十代くらいの先生。廊下ですれ違ったことはあるけれど、名前も担当学年も知らない人だ。 「そ、そうです」  私が頷くと、その先生は笑顔で言った。 「僕は選挙管理委員会担当の、咲間(さきま)です。説明会に来てくれてありがとう。どうぞ、好きな席に座ってね」  そして、ホチキス留めされた薄い資料を渡してくれる。 「ありがとうございます」 「はーい、あ、後ろの君もかな?」  咲間先生が、私の背後からついてきた沢波に目を留めた。 「はい」  彼が短く低い声で返事をするのが聞こえた。 「あ、じゃあ、はい。これ今日の資料」  沢波と咲間先生のやり取りを背中に聞きながら、私は顔を上げて、改めて研修室を見渡す。  白い壁、きれいな黒板、そして長机とパイプ椅子が三十脚ほど。クラスで討論をするときのようにコの字型に並べられた席には、既に四人の生徒が座っていた――その中に、見知った顔が一人。 「……井神(いがみ)!」  私は小声で名前を呼びながら、“彼”の隣の席についた。 「よっ、河海。お前も立候補すんの……?って、え!甲斐も?」  私と沢波の顔を交互に見ながら驚いた顔をする男子――彼の名は、井神亜雄(いがみ あお)。小学校は同じ西小出身で、今は学級委員会でも一緒の仲だ。クラスは六組だった気がする。 「うん、私はまだ考え途中なんだけどね……」 「あ、自分も考え中」  私に続けてちゃっかり言った沢波甲斐。そんな彼には、怪訝そうな目を向けておく。 「ちょっと、沢波。あんたの決意は固いでしょ?」 「いやぁ、まだまだ、検討してるってだけで」 「嘘つき」  さっきの、教室での会話……聞いていたわよ。ライバルになるかもしれない人にまで話しかけるなんて、よっぽど生徒会本部への思いが強いのでしょうね。 「いやぁ」  私の右隣で、井神が誰に聞かせるともなく呟いた。少し癖のある髪を、くしゃっとかきながら続ける。 「まさか甲斐が立候補するとはね」 「なに、そんなに意外だったか?」  沢波が井神の方を向いて、試すように笑う。 「意外だよ。だって、小学校の頃も、部活での様子も……」 「なんだよ、はっきり言えよ」 「いや、なんかさ。リーダーシップとか発揮するタイプに見えないなってだけで」 「まあ、そんな役職ごとには興味なかったからな」  沢波が不敵な笑みを浮かべる。  そんな彼を見て、私は聞く。 「じゃあなんで、今ここにいるのよ。生徒会っていう役職には興味があったってこと?」 「まあ……間違いではないな」 「なにその曖昧な回答」 「河海、そんなに荒れんなって」 「荒れてませんけど!?」  話の争点が逸れてしまった。結局、沢波が立候補しようと思った理由はわからないままだし、井神の疑問も解決していない。でも、この二人がいることで、私の心は傾き始めている――それだけは、確かだった。 「あれ、そういえば、二人とも。なんでそんなに仲いいの?」  ふと聞いた私に、井神と沢波は口を揃えた。 「だって、部活が陸上部で」 「同じだから。しかも二人とも長距離選択」  ……ほぇー、知らなかった。  って、危ない危ない。ぼけっとしてる場合じゃなかった。説明、始まっちゃう。 「はい、では、揃ったようなので今から生徒会本部役員選挙、今のところの立候補者の事前説明会を始めます」  私はメモの用意をしながら、咲間先生の話に耳を澄ます。
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