第三章 夏休み

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第三章 夏休み

 夏休みが始まった。  地球温暖化のせいなのかな、夏が来るたびに暑さが増している気がするのは。なーんて、倒置法使って言ってみたりしちゃったけど、まあ夏の気温はこんなものだからしょうがない。  朝からうだるような日差しが、アスファルトをギラギラと照らしている。蝉は近所の雑木林からミンミンミンミン鳴いているし、おまけに昨日の晩の雨のおかげで湿気も酷いから……もう散々だ。  でもこんなに凄い暑さでも、部活っていうのは容赦ないのね。剣道部なんて選んじゃったもんだから、大変大変。登校するだけでも汗だくなのに、そこから道着袴に着替えて重い防具まで付けて運動するんだもの……熱中症には、気をつけなきゃね。  そんなことを考えながら校門をくぐったところで、私の肩をトントンと叩く者が居た。 「……衣乃さん」  か細い、今にも消え入りそうな声。その声音に聞き覚えがあった私は振り返る。 「みっつー! おはよう!」  声の主は、私の部活仲間であり委員会仲間でもあるみっつーこと船井みつ。学校指定の紺色のジャージに身を包んだ彼女の黒髪は、今日も絹のようになめらかで美しい。その白い肌もみっつーの清楚さを際立たせていて、ザ・大和撫子と言ってもよい見た目をしている。 「おは……よ、ござ……い……」  途切れ途切れになるみっつーの声。私は慌てて彼女の体を支える。 「ちょっ、大丈夫? 熱中症? ってか……なんでジャージなんか着てるのよ! 体操着で良いのに」 「実は、家の洗濯機が壊れてしまいまして……今日着られる半袖の体操着が無くって……」 「だからってこんな、あっつい長袖で」  来るバカがどこにいるんだー!!  私はみっつーの手を握りながら、屋根の見えてきた武道場へ急いだ。確か部室に冷蔵庫があったはず……そこに入ってる保冷剤でとにかくみっつーを冷やさないと。  武道場に着いた。私たちが一番乗りだったみたいで、まだ電気はついていない。   「みっつー、ここで待っててね。氷持ってくるから」  道場の壁に彼女の上体を預け、私は部室へと走る。そして冷蔵庫の扉を開け、入っていた保冷剤を数個取り出してまた友人の元へ舞い戻る。 「みっつー……、大丈夫かな」    船井みつるが元気を取り戻したのは、ありったけの保冷剤で全身の至る所を冷やし始めて……十分ほど経った頃だった。 「あれ、わたし……」  その黒目がちの瞳をパシパシと瞬かせて、みっつーは辺りを見回す。 「ここは……武道場、そして目の前には大量の保冷剤と衣乃さん……。わたし何をして……」 「まさか、記憶無いの?」  私は怪訝な目で彼女を見る。 「みっつーってば、炎天下ジャージで登校した挙げ句に熱中症気味になってフラフラだったんだよ。今日は部活、そしてここは武道場! この保冷剤は、みっつーを冷やしていたやつ!」  私が説明すると、みっつーは一呼吸遅れてポンと手を打った。 「なるほどです」 「なるほどです、じゃないのよ。まったく」  私がどれだけ心配したか分かってよ……。  そんな私の気持ちを読んだのか、みっつーが保冷剤を拾いながら輝くばかりの笑顔を向けてきた。 「船井みつる、完全復活したのでもう大丈夫です! 衣乃さん、看病してくださりありがとうございます」  ピョコンと頭を下げるみっつー。その可愛さに癒やされながら、私も微笑んで応えた。 「こちらこそ、みっつーが元気になってよかった」 「はい! そういえば今思い出したんですけど、確か今日の部活は部内戦をやるって部長が言っていたような……」 「え」 「夏休み明けの新人戦市予選のメンバーを決めるって昨日言っていた気が」  すっかり忘れていた……。みっつー、覚えてるんだったらなんでそれを早く言わないかな!? まだ心の準備が出来てないんですけど!?  私がワタワタしながら友人と共に保冷剤をしまっていると、道場の入り口の方から挨拶をしながら入ってくる先輩たちの声がした。 「おーはようございまーす」  明るく元気なこの声は、女子部長の常堂亜生(じょうどう あい)先輩。 「はよー、コーハイたち来てるかー?」  砕けた喋り方の彼は、坂本悠輝(さかもと ゆうき)先輩。  他にもにぎやかな声が近づいてくる。きっと他の同輩や先輩のたちも来たんだ。 「「おはようございます!」」   私とみっつーは声を揃えて挨拶を返しながら、二人で笑い合う。この賑やかな朝が、剣道部の日常。部活の仲間を見ると、暑さに負けないで頑張ろうって思えるんだよね。  さあ、部活が始まる。今日も頑張るぞー!
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