第三章 夏休み

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 今日の部内戦で決めるのは、新人戦の団体メンバー。剣道には個人戦と団体戦っていうのがあって、個人戦はその名の通り「個人」でトーナメントなりリーグなりを戦うんだけど、団体は違う。――個人の勝ちではなく、チームで勝ちに行く。それが、団体戦。  中学の大会は五人制で、それぞれポジションに名前があるんだ。  一試合目を戦う、斬り込み隊長が「先鋒(せんぽう)」。  二人目、先鋒に続くのが「次鋒(じほう)」。  三人目、スコアを手堅く守る「中堅(ちゅうけん)」。  四人目、最後まで繋いでいく役割の「副将(ふくしょう)」。  五人目。チームを背負う勝負師「大将(たいしょう)」。  この五人が順番に試合をして、勝ち負け引き分けを決めるんだ。で、五試合終わったところで勝ち数が多いチームが勝ちになる。もし、勝ち数が同じだったら試合の中での「一本」をどれくらい取ったか――「取得本数」で勝敗を決する。それでも引き分けだったら、チームの中で代表を選出して、代表戦を行う。これは、どちらかが一本取るまで続ける仕組み。 「で、」  道着袴に着替えて竹刀を用意していた私の前で、同じクラスの剣道部員――町田麻由ちゃんがパンパンと手を叩いた。 「衣乃ちゃんは、どういう作戦で来る?」  ふんわりボブヘアをサラリと揺らして、可愛く首を傾げてみせる麻由ちゃん。らんらんとした目で、私を覗き込んでくる。 「あのね」  私は竹刀の柄の部分で、コツンと麻由ちゃんの頭を突っついた。 「言うわけ無いでしょ。試合前からの心理戦やめてよね」 「わはは、バレたか」  ニカッと、麻由ちゃんが笑う。 「素直な衣乃ちゃんなら、さりげなーく聞けば作戦とか話してくれるかなって思ったのに」 「私はそんなにおバカじゃありませーん」  私がそう言ったところで。 「でも確かに……衣乃さん、怪しい詐欺師さんとかからの電話に、すぐに引っかかってしまいそうな心配、ありますよね」  着替え終わった船井みつるが、その流れるような長髪を束ねながら、言ってのけた。 「ちょっ!? みっつー、それどういう意味よ!」  私はツッコむが、それを聞いた麻由ちゃんが更に調子に乗る。 「え、だよね! なんか衣乃ちゃん、しっかりしてるんだけど危なっかしいっていうか」 「素直すぎるのではありませんこと?」 「あー、ね。ある意味褒め言葉だけど、足元すくわれそうよね。それこそ詐欺とか」 「くれぐれも、悪い人たちの口車には乗せられないでくださいね?」  最後のセリフを、本当に心配そうな顔で言ってくるみっつー。そして、明らかに意地悪な笑みを浮かべている麻由ちゃん。私は、怒るべきなのか、無視するべきなのか悩み、結局後者を選んだ。 「ふん、みっつーも麻由ちゃんも、もう知らない!」  顔をツンとそむけ、歩き出す。 「あー、いじけちゃったよ。みっつーどうしてくれんの」 「わたしは悪くないです! 麻由さんが言い過ぎたのではなくて!?」 「責任転嫁やーん」 「だからそれは麻由さんですって」  私の後ろで言い合いを続ける二人。そんな彼女らに、私は親切に教えてあげる。 「ふたりともー! 部活始まっちゃうよー! 亜生先輩なんかは、もう防具も付け終わってるよー!」 「うわー! 急がなきゃー!」  二人の言い合いが止み、バタバタと道場の中へ走ってくる足音が聞こえる。そんなドサクサに紛れて、麻由ちゃんが私に尋ねた。 「で? 衣乃ちゃん得意技なんだっけ?」  ――言うわけないでしょ!  ***  ここまでが長かったけど、そんなこんなで部活は始まって。 「じゃー、基本メニューまで終わったので、このあと五分休憩してから試合に入るぞー。男女それぞれ総当りだから、試合数多くなること見越して、審判とかタイマーとかの準備・交代は素早くやれよー」  稽古が一段落したところで、男子の方の部長・坂本先輩が指示を出した。私たちは「はーい」と返事をして、試合準備に入る。  先輩たちは先輩たちで 「一年生には負けたくない」。  私たち一年生も 「先輩に勝ってみたい。そしてあわよくば団体メンバーに……」。  いつもは仲間だけれど、同時にライバルであるという側面を持つ私たち。日向中剣道部は今、燃えていた。 「衣乃さん、負けませんよ?」  みっつーが私の肩をちょんちょんとつついて言う。私はそれにつつき返しながら、隣に居る麻由ちゃんにも同じ仕草をする。 「麻由ちゃん、負けないよ」 「それは、こちらこそ」  皆の目に宿る、メンバー入りへの思い。勝ちたい、負けたくない。その思いが私たちを鼓舞して、突き動かす。  ――私も、勝ちたい、メンバー入りしたい。そう思っていたけれど、心の奥底には不安もあった。 (先輩も他の同級生も皆頑張ってる……。こんな中じゃ、勝てないよ……)  そんな思いが、顔に出てしまっていたのだろうか。私が審判をするときに使う赤と白の旗――審判旗を運んでいると、すれ違いざまに女子部長・常堂亜生先輩に声をかけられた。 「衣乃ちゃん、『審判の心を掴む』だよ?」  え……?
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