第2話 カーレンと行方不明の母ー-ドナ・ヘイワードの証言

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第2話 カーレンと行方不明の母ー-ドナ・ヘイワードの証言

9月28日PM12:05ハートフォードメディカルセンター救急医療施設・処置室前(録音) (ウィル・ヘイワードの録音を確認)――はい、この通りです。でも自殺はないです。パパったら、いくら小説家だからって想像力たくましすぎよ。そりゃアタシはアルナスの顔はみてないけど。 ―― FBI特別捜査官、カイル・マクラクランです。お名前を教えていただけますか? ――ドナ・マリー・ヘイワード。ウィル・ヘイワードの娘です。カーレンとはお隣さんで、赤ちゃんの頃から家ぐるみの付き合いの仲良しです。  アルナスがどんな人だったかですか?  ん……高学歴で、背は高い、顔も良いの、三高なのに、初めの印象は、「最低」でした。  キンチョーで吃っちゃって、説明は専門用語が難し過ぎてわけわかんないし、結局ハリーの説明でやっと話が見えたんです。  彼、女の子と付き合うどころか、話もしたことない、研究一筋の学者バカだったのね。しまいには、持ってたiPadに打ち込んで、やっと会話する始末。 「お金はいりません。完成した足は差し上げます。ただ一つだけお願いがあります。僕の作った足が完成したら、僕とタンゴの中のタンゴ『ラ・カンパルシータ』を踊って下さい。父の最も愛した曲です。それを僕の作った義足が踊れた時、僕の夢は叶うんです」  それでカーレンは承諾したの。何より、あの奥手のカーレンがアルナスに一目惚れしちゃったみたいなのよ。親友としては応援したいじゃない。  アルナス、左のほっぺたに傷があっていつも絆創膏貼っててね。六歳の時、お母さんにつけられた傷なんだって。かなり深くて、ギョッとする代物なの。  なのにカーレンたら 「それでも大事なママの思い出なのね」 だって。惚れてしまえばアバタもエクボって奴よ。  アルナスそう言われて、ポロポロ泣き出しちゃって、いいムード。 今だ初キッス!って思ったのに、アルナス突然ばったり倒れてカーレンの膝の上で寝落ち。徹夜続きで寝不足だったのよ。  私が起こそうとしたら、カーレンったら 「このまま寝かせてあげて、見てよ目の下のクマ。起こしちゃ可哀想よ」  足のない身体障害者に膝枕させるの? とも思ったんだけどさ。  カーレンは子守唄歌い出すし、勝手にしろっておもって夕御飯作ってたら、 「ドナ〜助けて……足痺れた、トイレ行きたい」って情けない声。  気がついたらもう一時間以上たってたの!  慌ててアルナスの頭をどかしてカーレンに肩貸してトイレに走ったわ。 ほんっとに二人とも不器用なんだから。  まあ、結婚式でファーストキスなんてのも、あの二人らしいけど。  絶対あの二人はハッピーエンドになるってアタシ、信じてた。 お父さんが八歳の時死んで、お母さんも十一歳の時行方不明。事件で右足まで失って。  不幸続きのカーレンが、アルナスに会えてやっと幸せになれると喜んでたのに、何でこんなことになっちゃうの。可哀想なカーレン、神様は意地悪過ぎるわよ(すすり泣きの声) ――FBI特別捜査官のデイル・B・クーパーです。有り難うございました。従兄弟のハリーさんにもマサチューセッツ州の方で事情聴取をさせてもらっています。  実は今回、もう一つ別の事件との関連が発覚したんです。カーレンさんの行方不明のお母さんに関することです。  九年前にスプリングフィールド郊外で起きた未解決事件、「ピンヒールキラー連続殺人事件」を覚えていますよね。   ――もちろんよ、あいつ捕まったの? スプリングフィールドは治安が良くないことで有名だけど、四人も殺しておいて未解決なのよ。  カーレンは、「ママは、第一犠牲者になったんじゃないか」って言い続けてた。警察も一応疑ったけど、手口が違うからって捜査対象から外されて、とうとう迷宮入り。  あれきり、誰もカーレンのママを見た人はいないの。 ――その件なんですが、書類上の不備がありまして、確認を取りたいのです。  カーレンさんはまだしばらくは麻酔から覚めないようなので、代わりにお願いできますか?  カーレンさんが事故に遭い、お母さんが何者かに連れ去られた時の証言を、カーレンさんの手を握ってそばで聞いてらしたと、当時の捜査官から聞きましたので。 ――うーん、九年も前のことだから、うまく思い出せるかなぁ。  あの日は夏休みの最初の日で、庭にいたおばあちゃんとアタシに 「一日留守にするのでよろしくお願いします」って、カーレンのママが挨拶に来たの。  その時ママは、コートの下に真っ赤なドレス着て、赤のピンヒールの靴履いてたの。いつもは黒っぽい地味な服ばかり着る人だったからびっくりしたの覚えてる。変な感じがした、だって行き先言わないんだもの。  いつもは行き先と、何かあった時の連絡先の電話番号を必ず言う人なのに。 カーレンは下向いて拗ねたみたいな顔してるし。  おばあちゃんが「あれは、訳ありだね」って言うし。 二人が車に乗って出た後、アタシなんだか胸騒ぎがして落ち着かなかった。  そして、次の日になっても、その次の日になっても二人は帰ってこなかった。  さすがに心配になって、捜索願いを出そうとしてたときに、スプリングフィールドの救急病院から、カーレンが怪我をして入院してるって連絡が入ったの。  パパの運転で、私とおばあちゃんは、すぐに駆けつけた。  カーレンは道路の脇に落ちた車のドアに、二日間右足を挟まれたままで発見されて、右足が壊死して、切断するしかなかったってお医者さんは言ったわ。  二度と踊れない体になったなんて、カーレンにどうやって伝えようかって、アタシあの時も今と同じに泣いてたなぁ。  でも、手術の麻酔から覚めたカーレンが最初に言ったのは 「ママが誘拐されたの、お願い警察を呼んで」だった。  カーレンが言うには、国道を走っていたら、後ろからつけてる車がいて、他の車がいなくなると、後ろからわざと何度もぶつけて来たんだって。  たまらなくなって、カーレンのママは支道に逃げたの。 それでも後ろの車はしつこく追いかけてきて、ママは振り切ろうとしてスピードを上げすぎて、二人の乗った車は道の脇に飛び出し、衝撃でドアが開いて、投げ出されたカーレンの右足を挟んで横倒しになったんだって。 「カーレン待ってて、すぐ道具を取ってくる」  ママはそう言って運転席の方から這い出て、道具を取ろうと、車のトランクを開けた。  その時ママの悲鳴が聴こえた。  人が争う音と、また悲鳴。  何か引きずる音。  カーレンはママの名を呼び続けたけど返事はなかった。  後部座席の窓は、開けられたトランクのカバーが邪魔して犯人の姿は全く見えなかったそうよ。  やがて遠くで車のドアが閉まる音がして、急発進、遠ざかっていった。  後はシーンと静か、誰も来ない。  カーレンはドアに挟まれ身動きできないまま二日間、たった一人で、残されたもう一本の足で車のクラクションを鳴らし続けて、やっとキャンパーの車に見つけてもらえたの。  警察は、誘拐事件として、捜査を始めたけど、その前日にあの「ピンヒールキラー連続殺人事件」が始まってたから、捜査員はほとんどそっちに取られてしまった。 「ママはきっとピンヒールキラーに捕まったんだわ」 カーレンは初めからそう言って、心配してた。  ママとスプリングフィールドのハズレのRRダイナーの店に入った時、ママは赤いピンヒールを履いてたし、車はレストランを出た時からつけて来たんだって言ってた。  でもカーレンのママは、ヒール靴をサンダルに履き替えて運転してて、車から出た時もそのまま外に出たから、赤いヒール靴は運転席にそのまま残されてたの。  女をしめ殺して、赤いピンヒールの右の方の靴だけを持ち去る、ピンヒールキラーとは手口が違うから同一犯じゃないって、誰も取り合ってくれなかった。  身寄りもないひとりぼっちになったカーレンが心配で、パパとおばあちゃんに頼み込んで、うちでカーレンを成人するまで預かれるように手続きしてもらったの。  それから私達ずっと一緒。幸いカーレンのお父さんが結構お金を残してくれてたから、生活の心配はしなくて良かったし、良い治療も受けれた。  カーレンは美人だから、いろんな男の子に言い寄られたけど、足のことを気にしていつも断ってたから、自分の方から好きになったのは、アルナスが初めてだったのよ。 ――ピンヒールキラーは、四人殺した後、九月に入って夏休みが終わると犯行をやめ、それきり二度と事件は起こらず今に至っています。  実は非公開でしたが、四人目の犠牲者が犯人に首を絞められた時抵抗して、わずかですが爪の先に犯人のDNAを残してくれたのです。  でも、該当するDNAは、前歴がなくて警察のデーターにヒットせず、結局迷宮入りになりました。しかし、二○十八年に年に開発された最先端技術、「DNA分析サイトサービス」により、近親の親族をたどって犯人を特定できるシステムが確立されたんです。  これを基に迷宮入り事件の洗い直しが始まり「ピンヒールキラー事件」も再捜査が始まっていたんです。   そして、ついにDNAによる犯人の特定に至りました。  捜査陣が犯人と思しき人物の家宅捜査をして、カーレンのお母さんのローラ・パーマーの冷凍保存された死体を発見しました。  正確には犯人の祖父の家でです。犯人の祖父はもう亡くなっていますが、狩猟が趣味で、鹿や猪をしまっておく大きな冷凍庫を持っていました。犯人は九年間、誰もいないその家の電気料金をずっと払い続けていたんです。 ――死体が冷凍保存?じゃあカーレンのママはやっぱり死んでたのね。 カーレンは、死体が出ないなら、もしかして何処かで生きてるんじゃないかってずっと帰るのを待ってたのよ。 ――もう一つ、辛いお知らせがあります。さっき、DNAにより、犯人が特定されたと言いましたが、犯人はカーレンさんの血縁者でした。  もし初めにカーレンさんの母親の事件が、ピンヒールキラーの犯行と目星をつけていれば、その時いつものように関係者のDNAを採取していれば、その時点で犯人は特定できました。  九年前でも、親子鑑定の技術は確立していましたから。警察の初動捜査ミスです。申し訳ありませんでした。 ――親子鑑定って……カーレンには誰も身寄りが無いとずっと思ってた。 おまけにその人がピンヒールキラーで、カーレンのママを殺したって言うの? 誰なのよそいつ!カーレンをあんなに苦しめて、許さない、殺してやる! ――残念ながら既に死亡しています、自殺でした。それもとても変わった形で。貴方も彼の死ぬところをご覧になったはずです。 ――私が死ぬところを見た?何の事言って……え?そんな、まさか! ――犯人の名前はアルナス・ファーガソン。カーレンさんのお母さんの実の息子さんで、カーレンさんのお兄さんです。もう、“でした”ですが。 ――嘘よ!何かの間違いよ。だって、知ってたらアルナスはどうして妹にプロポーズしたの?  知ってたらカーレンが“イエス”って返事するわけないでしょう?  絶対カーレンは知らなかったわ、アルナスに騙されたのよ! ……アルナスがピンヒールキラーで、カーレンのママを殺して、その上実のお兄さん。 そんなのありえない、全部嘘よ、私信じない! ――DNA鑑定で、STRが八個一致しました。二人は同じ両親の血を引く兄妹です。 ――信じない、信じない、信じない……(泣き声)。
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