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第3話 アルナスの家族達--ハリー・S・トルーマンの証言
9月28日PM12:50マサチューセッツ州スプリングフィールド警察署取調室(録音)
――FBI特別捜査官アルバート・ローゼンフィールドです。お名前を教えてください。
――ハリー・S・トルーマン。ハーバード大学卒、今は義足装具師の仕事をしています。ウィル・ヘイワードは、母方の叔父で、ドナとは従姉妹で婚約中です。
一年前におばあちゃんの葬式で、久しぶりにハートフォードのヘイワード叔父さんの家に行った時に、従姉妹のドナが見せてくれたお隣さんで親友のカーレン・パーマーの雑誌の記事を、僕がアルナスに見せたのが二人が出会ったきっかけでした。
でもカーレンが彼の実の妹さんだなんて、僕は全く知らなかったんです。
だから、僕は二人が結婚するものと信じてました。
――サウスウィックのファーガソン邸で遺体を発見した経緯を話してください。
――手紙が来たんです。
「二十八日にカーレンにプロポーズする。答えがノーなら、僕は旅行カバンを持って旅に出てもう戻らないつもりだ。答えがもしイエスなら、僕はもう旅行カバンを取りに行くことができなくなるから、祖父の家の地下室に置いてある旅行カバンを処分してくれ。」
中には、家の鍵とファーガソン邸への地図が一緒に入ってました。
あの時、気付くべきだった。「イエスなら旅行カバンを取りに行けなくなる」と言う言葉の意味を。
今日の九時半すぎ、ウィル叔父さんからアルナスが死んだと聞かされて、初めて僕はただ事ではないと気づき、地図を頼りにサウスウィックに車を飛ばしました。
屋敷の中はきれいに掃除されて、空っぽでした。
彼の祖父は資産家で骨董品とかもかなり有ったらしいのですが、カーレンの義足の研究費用に当てるため、アルナスは全て売り払ったと言っていました。
土地も、残っているのはこの家の敷地だけだと。
地下室に降りていくと、古い木のドアにこの家の電気料金の領収書が、ピンで貼り付けてあるんです。一年・十二ヶ月ごとにピンで止められてて、それが九年分。
彼はこの家を嫌って寄り付かなかったと言っていたのに、毎月少額ずつですが払い続けてるんです。変だなと思いました。
ドアを開けて入ると、大きな旅行鞄と鍵のかかった横長の蓋付の金属の箱がありました。鹿や猪なんかの獲物を入れる冷凍庫をだと、すぐ気がつきました。
アルナスのおじいさんは狩猟が趣味だと言っていましたし、横から出てるコードが壁のコンセントに刺さってましたからね。
旅行カバンの上には鍵と、分厚い封筒が二つありました。それを取ろうと近寄ると、カバンの影で見えなかった何か赤いものが見えました。
女物の赤いハイヒールでした。
全部赤で形の違うピンヒールの靴が、右側だけ四つ出てきたんです。
九年前、四個の赤のピンヒール。サウスウィックは、スプリングフィールドのすぐ側です。僕はおそるおそる鍵を開けて冷凍庫の中を覗きました。
中には赤いドレスを着たカーレンにそっくりの女性、カーレンの母親のローラ・パーマーの死体が、横たわっていたんです。首がありえない方向に曲がっていました。
そして履いている赤いピンヒールの靴の右側のヒールがとれていたんです。
――それがピンヒールキラーの生まれた動機でした。
母を失い、正気を失った彼は、母親の折れた赤いピンヒールと同じものをさがして、スプリングフィールドを彷徨い歩き、赤いピンヒールの右足の靴が欲しいと言うだけで、次々と女たちを殺したのです。
――でも彼は母親を殺してはいない!誘拐し監禁はしたが、殺すつもりはなかった。
プレゼントに買ったダンス用の赤いピンヒールを履いてもらって、ビデオテープのなかの中の昔の父の様に、母親とタンゴを踊りたかったんだ。
だが母親は事故にあった娘が心配で、アルナスの隙を見て逃げ出した。
履き慣れない赤いピンヒールの靴を履いて、慌てて非常階段を降りたため、ピンヒールは折れ、転がり落ちて首の骨を折った!
彼の目の前で、お父さんと全く同じ死に方をしたんです。ショックで頭もおかしくなりますよ。
カーレンに義足を作ったのも、あの事故を起こしてしまった事に責任を感じて、償いたいと思ったからだと遺書にも書いてあったじゃないですか。
警察はあの手紙を読んで報告書を作って、それで事件をお終いにできる。
でも、僕はあそこに書かれていないアルナスを知ってる。彼がどんなにお母さんを愛していて、会いたがっていたか知ってるんだ。
彼はすごく泣き虫なんです。九歳で担任のルーシー先生に付き添われて、数学オリンピックに初出場した時も、会場のホテルの隅で泣いてたんです。 持ってるビデオテープが映らなくなったと言って。
その時の開催地が僕の地元だったんで、父のやっていた電気店に連れてって、クリーニングしてもらいました。そうしたら何とか映るようになったんです。
ビデオテープにはアルナスの両親がダンス大会でタンゴを踊る姿が映ってました。
でも、お母さんの顔がアップになるところに来ると、画像が飛んだり、砂嵐になってしまって見えないんです。
アルナスが毎回、お母さんの顔が出ると、静止画にして長時間見ていたため、傷がついてしまったんだと父は言いました。これ以上は直らないと。
ちょうどVHSテープから、DVDに変わる時期だったので、父に頼んで、DVDにダビングしてもらって、プレゼントしたんです。アルナスはものすごく喜んでました。
担任の先生がお金を払おうとしたら、
「お金はいいよ。そのかわり明日の大会頑張って優勝しろよ」
そう父がアルナスに言ったんです。
それで、本当に優勝しちまった。
たった十歳に負けて僕は二位。正直後悔しました。
アルナスは運が良くて、僕は運が悪かった。
僕はね、中学までは、数学者になろうかと思ってたんです。でも、アルナスにあって才能の違いを思い知らされて、二番目になりたかった医者を目指すことにしたんです。
そうしたら、なぜかアルナスが食いついて来て。
人間の足の仕組みとか、今義足はどんな物があるのかとか聞くんです。
何で義足?と思って訳を聞いて、初めてお父さんのことを知りました。
本当は「踊れる義足」を作るのが夢なんだと打ち明けてくれました。
「成人してお祖父さんから自由になれたら、踊れる義足を作るんだ」
それから、僕らの共同研究が始まりました。僕が人間工学、彼がロボット工学担当。ファーガソンさんが亡くなってから、二人してマサチューセッツ工科大に入り直してさらに研究をすすめました。
……彼の話してくれた両親の話は壮絶だものでした。
『タンゴのステップは左から、反対からだと人生を踏み間違うわよ。ママは愛のない結婚して踏み間違ったの。だからお前は愛する人と結婚するのよ』
パパのママ、僕のおばあちゃんのそれが遺言。だからパパはおばあちゃんが死ぬとすぐ踊るために家を出てニューヨークにやってきた。
そしてママと出会って一目惚れ。パパはママの歳の数だけ真っ赤なバラを渡してプロポーズしたんだって。
小さな社交ダンス教室を営みながら僕とパパとママはとても幸せだった。
パパが道路に飛び出した僕をかばって右足の失うまでは。
パパもママも1度もそのことで僕を責めたりもしなかった。
でも生活は荒れていき2人は喧嘩ばかりするようになった。
彼の頬の傷彼は、彼が6歳の時に母親が結婚指輪を父親に投げつけて、家を飛び出した時についた傷なんです。
「行かないで」
母親にすがりついたアルナスを振り払った時、履いていたダンス用の赤いピンヒールで顔を蹴られ、アルナス頬に大怪我をしました。
泣き叫ぶアルナスを置き去りにして母親は家を出て行ったそうです。
玄関ホールの2階の渡り廊下の手すりごしに、父親はそれを黙って見送っていました。
やがてアルナスの鳴き声が尋常じゃないことに気づいた父親は、アルナスの名前を呼びながら慌てて階段を降りました。
自分にはもう足がないことを忘れて。
そして彼は落ちて首を折って死んだんです。
右手に母の結婚指輪を握り締めていたそうです。
アルナスはそのまま半日近く、父親のそばでうずくまっていました。
開けはなした玄関ドアに気づいた、郵便配達の人が見つけるまで。
頬から血を流しながら一声も発さず、死体と一緒に座っていたそうです。
「また僕のせいだ。パパの人生の不幸はみんな僕のせいなんだ。
から僕がパパが大嫌いだったおじいさんに引き取られたのは、神様からの罰だと思った。僕は幸せになっちゃいけないんだって……」
アルナスを引き取ったのが父方のお祖父さん、ゴードン・コール・ファーガソンでした。あのファーガソン邸の持ち主です。
2人の結婚に反対だったお祖父さんは、両親の持ち物全て捨てたそうです。
「ダンスなんてバカなことにうつつを抜かす奴らの事は忘れろ」と言って。
大事に隠していた2人の結婚指輪まで捨てられたとき、アルナスは
「ママは居た。この傷は僕にママがいた証拠だ」
そう言ってアイスピックで頬の傷跡をえぐって貫通させたんです。
学校側が心配してカウンセリングの末、おじいさんに両親を否定する発言を辞めさせ、担任のルーシー先生が、こっそり一本のビデオテープをアルナスにくれました。
それはアルナスの生まれる前、両親が全米社交ダンス大会で優勝した時のもので、タンゴの中のタンゴ「ラ・クンパルシータ」を踊る美しい両親が写っていたんです。
それがアルナスの両親の記憶、宝物になりました。
彼は毎日学校の昼休みに、先生に学校でビデオを再生してもらい、一人で父の真似をしてタンゴを踊ったんです。それだけが彼の生きがいだったそうです。
おかげで自傷行為は治りましたが、頬の傷は深く残り、彼はいつも左の頬に絆創膏を貼っていました。
「おじいさんに勝った記念だよ」
そう言って、絆創膏を撫でながら悲しげに笑った彼を、気の毒に思ったのを覚えています。
そのあと二人は疎遠になり、おじいさんはアルナスのことを家政婦に押し付けて、ほったらかし。ろくに口も聞かなかったそうです。
彼が成人してハーバードを卒業する頃、おじいさんが亡くなりました。
癌でした。
「独りぼっちになっちゃった」
そうして彼は最後の家族を失ったと思っていたんです。
夏休み直前、まだ僕がハーバードの外科病棟でインターンをしていたところに、アルナスが来たんです。
「ハリー、ママが見つかった!電話したら会いに来てくれるって」
言うなり大泣きです。その涙拭いてる手が引っ掻き傷だらけなんです。聞いたら、猫の足の衝撃吸収を調べてて、引っかかれたというんです。
人間の足が走って着地した時の衝撃は、体重の二~三倍。だから、パラリンピック陸上の競技用義足のブレードは500kgの衝撃に耐えられ、強度は鉄の十倍、弾性率は七倍です。その弾性が、推進力を生む。走るためだけに特化した作りになっているんです。
その衝撃を、人の足の形を残したままどう逃すか?
それが彼の作る義足の一番の課題でした。
それで彼は、二階から落ちても怪我をしない、猫の体の衝撃吸収能力を調べてたわけです。
「だって、動いてる猫はCTスキャンにかけられ無いもの。手で触って筋肉の動きを調べてたら、やられちゃった」
「バカ、猫引っ掻き病になるぞ。意識障害や、脳症を起こすことだってあるんだ」
慌てて消毒しましたよ。治療の間、彼は夢中になって話し続けていました。
昔の担任のルーシー先生が、訪ねてきてママのことを話してくれたというんです。
「僕が成人するのを待ってたんだって。ファーガソン邸にいくら電話しても誰も出てくれなくて、連絡が遅れたって言ってたよ。
それで、やっとママがなぜあの日、家を出て行ったのかわかったんだ。
ママはあの日、お腹に赤ちゃんがいたんだよ。
パパはもう踊れないと毎日酒浸り。
自分もじきにお腹が大きくなって働けなくなる。
それで絶望したママは死ぬつもりで家を飛び出した。
『行かないで』とすがる僕を一緒に死なすわけにいかない。
だから無理矢理振り解いたはずみに、ヒールで蹴ってしまったんだって。
『まさか、あんな大怪我をさせていたなんて思わなかった』と言って泣いてたそうだよ。
雪山で死のうと山に登って雪崩にあった。でも近くにいたスキーヤーに助けられて、三月も眠り続け、起きた時にはもう赤ちゃんは5ヶ月過ぎて降ろすこともできなくなってた。
助けてくれたなリーランド・パーマーさんに連れられて、アパートに戻ったんだけど、アンディ・ファーガソンは死んで、息子のアルナスは、お祖父さんに引き取られたあと。
親権はおじいさんに移っていて、経済力のない自分では引き取れない。
息子を一眼見ようと学校を覗いていた時、担任のルーシー先生に会ったんだって。
僕の自傷行為を聞かされて、自分は母親失格だと僕に会うのを諦めたんだ。
でも、せめてお父さんのことは忘れないでほしいと、たまたまアパートの隣のひとが撮ってくれていたビデオテープを、担任の先生に託して去っていったんだって。
『これからはローラ・ファーガソンではなく、ローラ・パーマーとして生きていきます。アルナスが大人になった時、もしまだ私に会いたいと思ってくれたなら、ここに連絡してください』って連絡先を書いていってくれたんだよ。
電話してアルナスだって言ったら、ママ泣き出しちゃって、会いにきてくれるって。
ああ、でもママとパパみたいにタンゴを踊りたいのに、この手じゃカッコ悪いなあ」
「だったら、良い手袋でも買えよ。傷を濡らさないためにも、手袋はした方がいい」
彼に手袋を勧めたのは僕でした。彼の指紋が一切出なかったのはそのせいです。
夏休みが終わって、僕の前に彼が再び現れた時も、彼は手袋をしてました。痩せさらばえてホームレスみたいになって。
「アルナス、どうしたんだ!」
僕が叫ぶと、いきなりバタンと倒れてそのまま入院。
栄養失調で餓死寸前でした。点滴と栄養剤で意識が戻ったのは三日後だったんです。
何度もうわごとでママ、ママと、呼んでいました。
意識の戻った彼に「おかあさん来てくれなかったのか?」と聞いたんです。
そうしたら、大声上げて泣き出しました。
「妹がノー、と言ったんだ。お兄ちゃんなんて要らない、会いたく無いって……」
「それきり連絡がなかったんだな?」彼は頷きました。
彼は、一切嘘を言ってないんです。
もし、あの時僕が違う質問の仕方をしていたら、彼に本当は何があったのか気づけたかもしれない。
手袋からはみ出した手首のところに、新しい引っ掻き傷がついていたけど、また猫だと思い気にしませんでした。そして僕は、何も気づかずにこう言ったんです。
「お母さんのことは残念だったけど、今は忘れろ。君にはもう一つ、死んだお父さんの為に叶えたい夢があるじゃないか。踊れる義足を作るんだろう?」
彼はうなずいて、眠ってしまいました。
今思えば、殺人者としてのアルナス・ファーガソンは恐ろしいくらい、運が良かった。
あの手袋がなかったら。あの猫の引っ掻き傷がなかったら。
カーレンのママは行き先を言わなかった。
カーレンは、誘拐犯の姿を見ていなかった。
カーレンの事件をピンヒールキラーと結びつけていたらDNAが照合できた。
彼を疑うものは一人もいなかった。
一体どんな神様が、彼にこんな運命を用意したんでしようか?
僕はアルナスに妹がいるのを知っていた。でもまさか、それが、カーレンだったなんて。
あのビデオテープの中のアルナスのママの顔が、一度でもハッキリ見えていたら、僕はカーレンがアルナスのママに似過ぎているのにすぐ気づけたのに!
旅行カバンの中にあったのは、当座の旅費と着替えと、あのVHSのテープ一本だけ。
彼にとって、あのテープだけが人生の全てだったんです。
遺書と一緒に、カーレンに全財産を残すと言う遺言書。
僕には踊れる義足の全てのデーターの入ったUSBメモリーと、義足に関しての特許の20年の無料使用の許可。そして義足の普及に全力を尽くしてくれとありました。
ドナの父親には「カーレンと、相談の上で小説は自由に書いてくれ、こんな結末になってすまない」とありました。
世間はアルナス・ファーガソンの名前を、「殺人犯ピンヒールキラー」というでしょう。
でも、僕は必ずもう一つの名前「踊れる義足を作った、天才科学者」アルナス・ファーガソンの名前を、世界中に知らしめてやります。
たとえ何年かかっても!
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