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せめてもと、きちんとお湯を沸かして丁寧にコーヒーを入れる。
リビングに芳醇な香りが漂ってきて、私はそれを吸い込んだ。
その時、廊下で物音がして、トイレの水が流れる音がしてドキッとする。
ーー今日はいたんだ。
昨夜、気配を感じたような気はしていた。
しかし、もちろん私から声をかけることも、アイツが私の部屋に来ることなどなかった。
久し振りにゆっくりとコーヒーを飲み、支度をして仕事へ行こうと玄関へ向かう途中、ひとつの部屋の前で足を止めた。
「ねえ、今日の夜ごはんいる?」
新しくはない一般的な2LDKのマンションは、広くない上に私とアイツ以外誰も住んでいない。自分に声をかけられていることはわかっているだろう。
白いドアにゴールドのノブ。住み始めたころはここは私の寝室でもあった。しかし今は違う。
もう、何日間、彼の顔を見てないかわからない。記憶があるのは出かけていく彼の背中か、俯いているため後頭部のみ。
就職のために地方から東京にでてきて一年後から付き合ったはずなので、たぶん5年ぐらいだろうか。
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