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掠れる声で、光栄ともなる申し出を不本意の中額を付け拝を捧げたのであった。一世は微笑み、其の思いへ頷き受け止めて今一度表情を引き締める。
「だが、其の前に一つ皆に頼みがある。縁は、西の為に西を去る……其の前に、此の西を守る為に生きたのだと軌跡を遺してやりたいのだ……最後になる私の我が儘を聞いて欲しい――」
其の夕刻。西の皇子、縁が野分の視察より都へと戻って来た。其の容貌は、気丈で美しかった亡き母の面影漂う麗しさ。しかし、馬の手綱を取る縁の表情は疲労よりも哀しみよりも、何やら強い決意を映して居たのだった。其の思いを帝なる父へ語らんと、気を引き締め馬を降りた直後。
「――御帰還御待ちして居りました、皇子様!」
父の側近、数名が物凄い勢いで駆け寄り一斉に縁へと頭を下げる姿。予定外の景色へ、目を丸くした縁。其れは、縁を出迎えて居た他家臣等も同じく。
「な、何だと言うのだ、そなた等……私の出迎えより、職務を――」
「皇子様。帝より緊急の御用が御座います。此のまま、直に御部屋へと御願い申し上げまする!」
縁の声を遮り、切羽詰まった声にて促す。只事ではないと受け止めるが、縁は少々ばつが悪そうに。
「しかし、だな……真に、此のままで良いのか……?」
縁の声に、側近等が徐に顔を上げて驚く。
「なっ、はっ?!そ、其の御姿、どっ、どうなされましたかっ?!」
何と、縁の出で立ちは直垂(ひたたれ)。直垂とは、主に庶民等が纏う常用の衣で作業着ともなる謂わば粗末なもの。確か、此の御所を出た時は皇子の公務に相応しい準礼装、直衣姿で在られたがと。しかも其の直垂は泥塗れで。
縁は、そんな反応へ苦笑い。
「いや何、隊員等と共に野分の始末をな……直衣では動き辛く、隊員より余った衣を借り着替えたのだよ」
「皇子様……」
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