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好き「でした」
ハンバーグを作り終わり、私が部屋に戻ろうとしていると、清水くんはもの言いたげにこちらを見ていた。
「……どうか、しましたか?」
いつになく真剣な表情だ。何かを――思いつめたような、そんな表情で私を見ている。
「大塚さん、あの」
そうして、そのまま言いよどむ。
なにか、どうしても話したいことがあるのかもしれない。
「ええと……私の部屋で、お話しします?」
そうしてアイスティーと氷を部屋に持ちより、以前のようなミスを犯さないように――互いのグラスとコースターをきちんと変える。
清水くんは私のソファーに座り、何度も口を開こうとしては止めていた。
「……話しづらいなら、別に無理しなくともいいですよ……?」
「ごめん、聞いていいのかわかんなくて……でも、やっぱり気になって。江口に振られた、っていっていたけど……差し支えなければ教えて欲しい」
清水くんは私の瞳をじっと見つめてきた。
「……どうして江口が好きだったの?」
沈黙が続き、カラン、と卓上氷入れの中に入っていた氷が鳴った。
なぜそれを聞いてくるのか、理由はわからない。純粋な好奇心だろうか。
問われ私は清水くんの顔を見ながら――その後、目を伏せ口を開いた。
「江口先輩は――高校のころ、生徒会の書記担当でした。私は会計で」
私はゆっくりと思い返す。
視線をグラスに注いだままで、カラカラと指でストローを回した。
「確かに仲が良かった、ってわけでもなかったです。だからこそ覚えてなかったんだと今でもそう思います。私が会計に任命されたとき、前の方の資料は雑に作ってあって――すごく大変だったんです。それを、自分も忙しいのに、一緒にやってくれて……わからないところも、すごく丁寧に教えてくれました」
私はあの時の江口先輩を思い出す。
太陽のようにとても輝いて、素敵な笑顔を私にたくさん向けてくれた。
何度きいてもきちんと教えてくれ、いつでもいいよと笑って。
「その時の江口先輩も今みたいに、誰にでも明るく話しかける人気者でした……本当に優しくて」
目の奥を涙がこみあげてくる。
「そう。優しかった、んです。その優しさで、私は傲慢にも――今でも馬鹿だと思うけれども、勘違いをしてしまったんです。もしかしたら、少しでも、望みがあるかも、と思ってしまって」
ぽろり、と一粒涙が零れ落ちる。
止めたいのに、また一つまた一つと涙が頬から伝う。
それをぐい、と袖でぬぐい、ごくりと唾を呑みこんだ。
「私、告白する勇気がもてないままで……でも、ずっと2年間好きでした」
ひっそりと忍んだ恋。
心の中でずっとくすぶったままの初恋。
私の心を察してくれたのか、清水くんは私を気遣うように髪を少しだけ――控えめに撫でた。じんわりと、温かさが身に染みる。
「……2年間、ずっと好きだったんです」
最初からわかっていた。
江口先輩は私だけに優しかったわけではない。
みんなに平等に優しかったのだ。それでも。
心が張り裂けそうで、気持ちが溢れてしまった。
「とうとう、江口先輩が卒業する間際、勇気を振り絞って最後に告白したんです。でも――」
思い返したのは、あの時のとても迷惑そうな顔。
――ごめんなさい、私……本当に、好きだったんです。心から、好きだったんです。
でも、それは向こうにとって、私の気持ちなんて……迷惑、だった。
どうして私はあんなことをいってしまったんだろう。浅はかな考えで、後先を考えずに。
実るはずのない恋に憧れ、打ちのめされた自分を思い出す。
最後だからと願ってしまって。
ずっと胸にしまったままなら良かったのに。
どうして。
どうして告白してしまったのだろう。
――私はそれ以上を、望まなければ良かったのに。
……でも、もう、すべて、終わったことで。
だから、過ぎたこと。
あとはもう、これからをなんとかするしかない。
乗り切るのは、自分の力でしかないのだから。
その言葉すべてを呑みこみ、私は笑顔を作ろうとした。全然上手くはできなかったけれども。
「江口先輩への気持ちは整理しました。それは本当です。これからは」
――絶対に恋愛を、しない。
その言葉は出なかった。
目の前の人に、ずっと静かに私の話を聞いてくれてる人の顔を見る。
私を慮り、耳を傾け、再び立ちあがろうとする私の傍で誠意を持って接してくれる人の顔を。
空虚だった胸の奥を熱が駆け抜け、じわりと目頭が熱くなり涙を堪える。
けれど、だめだ。
堰を切ったように涙がとめどなく流れ落ちていく。
好きになってはダメだと思いながら
そう思うのに――
私は再び愚かにも
本当に本当に、
どうしようもなく愚かすぎるけれども
間違いなく私は目の前の彼に魅かれつつあって。
黒く澄んだ瞳とまなざしが合う。
そっと私の頬にその指先が触れる。
『絶対に恋愛を、しない』
私は、その言葉が――
その人を前にそのたった一言が、どうしても言えなかった――。
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