思い出の江口先輩

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思い出の江口先輩

 春の彩りと花の香りが日本中に広がる、そんな季節が巡ってきた。  悲しさとむなしさ真っ只中のあの高校生活をすっとばし、大学生になった私は手軽な荷物を持ち、彼女(ともだち)が住まうシェアハウスのピンポンを鳴らした。 「美奈ぁ、きてくれたのね」  ドアを開けてくれたのは、私の一番の親友・ユキちゃんだ。 淡い栗色の巻いた髪の毛、ぱっちりと大きな瞳。くるくると変わる愛らしい笑顔。見ている私も、彼女の嬉しそうな顔に思わず笑顔になる。 「うん、ユキちゃんとなら一緒に住めるなと思って。今日からでも大丈夫?」 「もちろん! うれしいよ、助かるぅ」  軽やかに返したユキちゃんは、私をそのままシェアハウスに引き入れ、アイスティーを手慣れた様子で作ってくれた。 先日、「一緒に住もう、シェアハウスだし、家賃安いよ!」と、誘われていたのだ。家具はあるから着替えだけでいいとのことだったから、すぐさまスーツケース片手に実家からでてきたところであった。 「共有のリビングよ。美奈の部屋は私の隣だからね」 「そうなんだ? そういえば、シェア……なんだよね? 他に誰が住んでるの?」 「そうだね、せっかくだから紹介するよ」  彼女がコンコンと、リビング近くの扉をノックすると出てきたのは――男の子二人だった。私は異性であることにまず声を失い、思わずスーツケースから手を離し、口に手を当てる。 「紹介するね、美奈ちゃん! 私の親友だよ。今日からここに住むからね。こちらが清水瑛太(えいた)くんとぉ――……」  ユキちゃんの言葉に、清水瑛太くんと呼ばれた男の子がこちらを見た。髪の毛はマッシュスタイルで、背が高く、オーバーシャツを着ている。きりりとした眉とすうっと通った鼻筋。 「江口駿くん! どっちもイケメンでしょっ?」  こちらの髪の毛は緩やかなウェーブとダークブラウン。爽やかな水色のパーカーを着ていて――……そして顔をみて、私はそのまま直視、いや凝視した。 「はじめまして」  彼は、雰囲気こそ大人びて変わったものの、私を高校時代にフッたあの江口先輩だ。間違いない。 ……はじめまして?  どうやら、高校生時代に、告白した私の事を全く覚えてないようだ。胸がちくり……いや、ずしりと痛む。思わず顔がゆがんでいたかもしれない。 「は、じめまして……」  脳裏にチラついた、当時の記憶。心底迷惑そうな先輩の迷惑そうな表情と侮蔑の視線。  思い出したくない過去を思い出し、私の声は少しだけ震えていた。
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