23人が本棚に入れています
本棚に追加
思い出の江口先輩
春の彩りと花の香りが日本中に広がる、そんな季節が巡ってきた。
悲しさとむなしさ真っ只中のあの高校生活をすっとばし、大学生になった私は手軽な荷物を持ち、彼女が住まうシェアハウスのピンポンを鳴らした。
「美奈ぁ、きてくれたのね」
ドアを開けてくれたのは、私の一番の親友・ユキちゃんだ。
淡い栗色の巻いた髪の毛、ぱっちりと大きな瞳。くるくると変わる愛らしい笑顔。見ている私も、彼女の嬉しそうな顔に思わず笑顔になる。
「うん、ユキちゃんとなら一緒に住めるなと思って。今日からでも大丈夫?」
「もちろん! うれしいよ、助かるぅ」
軽やかに返したユキちゃんは、私をそのままシェアハウスに引き入れ、アイスティーを手慣れた様子で作ってくれた。
先日、「一緒に住もう、シェアハウスだし、家賃安いよ!」と、誘われていたのだ。家具はあるから着替えだけでいいとのことだったから、すぐさまスーツケース片手に実家からでてきたところであった。
「共有のリビングよ。美奈の部屋は私の隣だからね」
「そうなんだ? そういえば、シェア……なんだよね? 他に誰が住んでるの?」
「そうだね、せっかくだから紹介するよ」
彼女がコンコンと、リビング近くの扉をノックすると出てきたのは――男の子二人だった。私は異性であることにまず声を失い、思わずスーツケースから手を離し、口に手を当てる。
「紹介するね、美奈ちゃん! 私の親友だよ。今日からここに住むからね。こちらが清水瑛太くんとぉ――……」
ユキちゃんの言葉に、清水瑛太くんと呼ばれた男の子がこちらを見た。髪の毛はマッシュスタイルで、背が高く、オーバーシャツを着ている。きりりとした眉とすうっと通った鼻筋。
「江口駿くん! どっちもイケメンでしょっ?」
こちらの髪の毛は緩やかなウェーブとダークブラウン。爽やかな水色のパーカーを着ていて――……そして顔をみて、私はそのまま直視、いや凝視した。
「はじめまして」
彼は、雰囲気こそ大人びて変わったものの、私を高校時代にフッたあの江口先輩だ。間違いない。
……はじめまして?
どうやら、高校生時代に、告白した私の事を全く覚えてないようだ。胸がちくり……いや、ずしりと痛む。思わず顔がゆがんでいたかもしれない。
「は、じめまして……」
脳裏にチラついた、当時の記憶。心底迷惑そうな先輩の迷惑そうな表情と侮蔑の視線。
思い出したくない過去を思い出し、私の声は少しだけ震えていた。
最初のコメントを投稿しよう!