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触れた指先
「話題の映画について、あとは書けば終わり?」
「そうなんです、でもその映画がちょっとホラーで」
夜も更けてきて、もう少しで日付が切りかわる頃合いに、私たちは出された課題について話していた。それが通常映画ならば大丈夫だったが、ホラーとなると話が違う。
「どんなタイトル?」
「まずは……『13日も金曜日』です」
そのタイトル通り、金曜日が13日間続くという地獄のようなホラーだ。早く土日がきて欲しいのに、いっこうにくる気配がない――そして事件は起こった、とされている。パッケージにはおどろおどろしい女性の姿が映っている。
「もう1つあったよね? 他は?」
「あとは『ミーム街の悪夢』です」
こちらはミーム街に住む住人が、話題の猫動画に苦しめられるというホラーだ。その悪夢の内容は……ネットでも秘密としている。
「どちらならいけそう?」
「猫、ですかね。映画は30分ほどで終わりますけど」
パッケージの猫を選び、再生しようとする。
「そのくらいなら俺も一緒に見るよ。あとで一緒にまとめよう」
そうして私が部屋に持ち寄ったノートパソコンは1台。しかも小さめだ。
「ええと……」
「ああ、いいよ。俺がそっち座り直すよ」
そういって、清水くんは一人掛けのソファーを立ち上がる。そのまま向かい側にいた少し広めの私の横の位置にあっさりと座り、相変わらずの当然のようにできるイケメン対応には、心から感心してしまう。
……。
……でも。
あれ、なんか近いな、というのが最初の感想だ。
しかしノートパソコンを一緒に見ようとすると、どうしてもそうなってしまう。スマホではこの動画は共有したところで小さすぎて見えないし。
再生して画面照明や鮮度を上げるが、どうも角度が悪いらしい。
二人でこの画面を見ようとすると……暗い、ような。
「ごめん、見づらいよね」
私の方に角度を変えてくれる、がそれだと清水くんが見えなく――
「でも、それじゃ二人で見れないですよね? やっぱり今度ユキちゃんと見ようかと……」
「でも期限もせまってるし。えっと、じゃあ……もうちょっとだけ、寄れる? 無理ならいいよ」
そういわれ、少しだけ私はおずおずと近づいた。
「だ、大丈夫です。寄れます」
しかしながら肩が当たって、互いの熱が伝わる。はた、と真横を向き視線を上げるとそこには清水くんの顔がとても近くなっていて――
「……あ」
……やはりこの距離感で視線を上げるのはまだ早いかもしれない、いくら慣れたとて。清水くんも同じことを思っているのか、少しだけ顔が赤くなっている。
「その、怖かったら、手を繋いでもいいけど……」
手!?
手を繋ぐ!?
「で、でも……」
そうしているうちに予告が終わり動画がはじまった。
夢の中で、猫が花瓶やマグカップを落として割り、服を引き裂き、そして住人に凶悪な爪をふるって襲い掛かってくるのだ。無惨にも、住人は……。なんて、恐ろしい……。
思わず私の手は清水くんの袖を掴んだ。
「この動画は……やっぱり今度、飯田さんとみても……いいよ?」
「……えっと、大丈夫です……」
いわれて気をとり戻す。
――このくらいなら。
そう思っていたけれども――ふとソファーの上に置いていた手に違和感を覚えれる。清水くんの指先が私の小指に触れ……ている?
私は必死で気づかない振りをした。
あれ、いつからだっけ? 最初からだろうか。
気のせいでは、ないだろうかと何度も確認する。
……いや、熱が伝わってくる。
思い返せばここに手を置いたのは私だ。ということは、清水くんは怖がっている私に配慮して、何も言わずにじっとしていてくれていたのだろう。
――手を繋ごうか、というイケメン神対応を思い出す。
やっぱり手を繋いでもらうしか……いや、そんな。恥ずかしすぎる。
清水くんと?
想像しただけでかあっと顔が熱くなる。死にそうだ。それなら、さりげなく指を離した方がいい……んだろうか?
そんなことをするとわざとらしいだろうか。むしろ、触りたくありません!風なアピールに思われるだろうか。全然そういうわけじゃないけれども。自然に離す――でも、どうやるんだっけ……思うほどに不自然になる気がしてぐるぐると頭の中は堂々巡りだ。私はそのまま動けずにいた。
これはもう動画どころではない。
それでも、再生された動画の悲鳴と怒号と猫の鳴き声だけが響き、私たちは沈黙が続いていた。
そうだ――どうして、清水くんは動かないのだろう、と疑問に思った瞬間。
「……大塚さん」
いつもと、清水くんの声のトーンが違う。
何か、空気が……いつもと違う。
それがなにかは掴めない、先日の躊躇しながらの声音とはまた違う。緊張感を含む、そんな――。
この空気感は――?
「……その、俺……」
いつもより静かに、そして清水くんの少しだけ触れていた指先が動く。
先ほどまで互いに触れていた小指が一瞬離れ、小指が絡まる。
その予想外の動きに、私の鼓動は尋常でないほど跳ねている。
清水くんの影が少しだけ私にかかった。
そのまま清水くんは立ち上がろうとして――
何をいうのだろうか、と思って私が見上げた瞬間に――、
ガタン、と音がした。
テーブルの上に会ったグラスが倒れ、アイスティーが零れてしまう。
「「あっ」」
慌てて、私はキッチンからタオルをとってくると、テーブルの上を拭いた。
「そういえば、さっき……なにかをいいかけてませんでしたか」
「……いや、なんでも」
私は持ってきたタオルを片付けるため、部屋を出ていこうと立ち上がる。
「やっぱりもう遅いし、明日にしよう」
そういって、清水くんは私に背を向けたまま、振り返らなかった。
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