身を焦がす恋

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身を焦がす恋

  私がシェアハウスに戻ると、リビングのソファーで清水くんは眠っていた。疲れているのだろうか、すやすやと寝息をたてて。  起こすのもはばかれ、自室からブランケットを持ち寄る。 起こさないようにそっとかけたつもりだったのに、そのふわりとかけた空気の揺れで私の気配に気づいてしまったようだ。 「ん、大塚さん……?」  少しだけ目を開く。  それでも寝ぼけているのだろう。  声はいつもより、ぼんやりとしていた。     「寝てていいですよ」  そう私が声をひそめていうと、清水くんは瞳をとじブランケットに添えていた私の手をぎゅっと掴んだ。ぬくもりが私の手の甲全体に広がっていく。大きな手の平の感触と、ガサガサと少しだけ荒い皮膚の感触。その違いに気を持っていかれる。 「え、あの」  ――手を、握っているのだけれども。  清水くんは眠っているからか、私より少しだけ体温が高い。手を掴んだのはたまたま、だろうが落ち着かない。寝付いたらサッと手が抜けるかと思ったのに、思ったよりもしっかりと握られていて逃げられない。 「清水くん……離して」  耳元でそっと、なるべく優しく声をかける。再び清水くんはうっすらと目を開き、じっくりと私を見つめてきた。 「……大塚さん」  いつもよりも、ひと際――甘みと熱を帯びた――色っぽさを増した、そんな声音だった。私の首の後ろに()いていた手が――大きな手が回ってきた。バランスを崩し、危うく清水くんの上に倒れ込む直前でソファーに片手をつき、事なきを得る。  それでも回されたままの彼の手は、私を優しく撫でるように髪を(すく)う。そこでやっと清水くんは私の手を握っていた方の手をゆっくりと離した。でも、その手はそのまま私の背中にするりと回され――。 「え、ちょ――……」  身体全体が彼の元に引き込まれそうになるところを、無理やり起き上がりバッと離れた。清水くんがしっかりと起きていて、もう少し力が強かったら、本当に倒れ込んで――いや、彼の胸の中で抱きしめられていたに違いない。そう想像してしまうと、鼓動が早まる。頬も耳たぶも赤く染まっている。なにが、起こったのか。どうして、どうして? 寝ぼけているから?   そうだ――そうに……決まっている。  清水くんはうつらうつらとして、また眠ってしまった。  いまの、私とのやり取りは夢だと思っているのだろうか。  でなければ。  そうでなければ――   先ほどの清水くんの夢見心地で目がまどろんでいなかったら――  もし、いつもまっすぐに澄んだ瞳がしっかりと私を見捉えていたとしたら――私はなんの躊躇(ためら)いもなく、飛び込んでいたに違いない。  その事実に気づいたとき、私は痛烈(つうれつ)な激情に襲われる。  心臓が燃え上がり、そのまま私の身を焦がしてしまい、(ほのお)でたぎり満たしてしまいそうな。  現実に引き戻され、痛みが(ともな)う。  私は浅ましくもこの恋にまだ幻想を抱こうとしていた。  ただの、たまたまで――  勘違いで、なにか、ただの偶然だと、思わないと……。  でかけた涙を呑み、気を引き締める。  ――もう、私は期待をしないと決めたハズだ。  今後は一切、何も。  この身を焼き尽くしそうな恋を実らせるつもりなど、一切ない。  呼吸ができなくなるくらいの切なさがこみあげ、それを堪える。  吐きだしたくてたまらないこの苦しさも、全て吞み込み切る。  今後、清水くんにどれだけ惹かれようとも――絶対に伝えようとはしない。心の奥底から燃ゆるこの炎は、次こそは必ず、彼にも誰にも知られずに――自分だけの胸の内に(とど)めればいいだけの話なのだから。  静まり返ったリビングからでると、江口先輩が部屋からドアを開け現れた。 「どしたの?」と問われ、私は「なんでもないです」と、いいのける。 「顔が赤いね」  返答に困り、先輩はリビングの清水くんと私を交互に見渡す。 「……瑛太のこと、やっぱり好きでしょ。臆病(おくびょう)になったのは、俺のせい?」  そういって、江口先輩は私を覗き込んだ。
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