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第6話
その時、ふとどこからか花の香りがした。セチアは鼻をひくつかせ、匂いを頼りに大樹の方へ近づく。
「セチアさん?」
ホーリーの声が何故か遠くから聞こえた。
「セチア、待ってー」
コニーがセチアの髪にしがみついた時だった。突然、目の前の景色ががらりと変わった。辺り一面に赤や赤紫色の光景が広がっている。
「これは……」
よく見れば、血溜まりのようにも見えなくもない。不思議なことに、血なまぐさい匂いはせず、ベルガモットやローズの花のような甘い香りがする。
「おい、そこの君。ここで何をしている」
聞き慣れた声にセチアは驚き、慌てて振り返る。そこに立っていたのは――。
「ア、ルトラ……さま」
元の姿に戻ったアルトラが睨むようにこちらを見ていた。彼は、何故か血まみれの剣を手にしていた。服も所々が破れたり、赤黒くなっている。いつも身だしなみを気にする彼らしくない姿だった。
「君は、誰だ? なぜ僕の名前を知っている?」
「えっと……、それは」
不意にセチアの髪が後ろに引っ張られて、肩をビクリと震わせる。そっと首を巡らすと、コニーが小さく震えながら必死に首を振っていた。何かを指すように下に髪を引っ張って訴えているようだったが、セチアはよく分からず戸惑う。
「おい、答えないか」
アルトラが痺れを切らしたように、語気を強めてこちらに一歩近づく。
「答えられないのなら、反逆者であると認めることになるがそれでもいいのか?」
「ち、違います! 私はあなたの」
婚約者であることを伝えようと思い、何かがおかしいことに気づく。まず、アルトラの握っている剣は、ローザが愛用している帯刀だ。ローザの剣には決してアルトラは触れない。なぜなら、その帯刀はヒイラの加護を受けている者にしか触れられないからだ。
「僕の、なんだね?」
にやりと不敵な笑みを浮かべ、アルトラは血が滴る剣を構えた。
咄嗟にセチアはしゃがみ込む。血溜まりのように見えていた地面をよく見れば、一つ一つの花びらの絨毯であることに気づき、セチアの髪に隠れているコニーを見る。彼女が激しく頷く。
どうやらこの世界は幻覚だったようだ。そうと分かれば、セチアはこの幻から目覚めるために、花々が咲き誇っている美しい庭をイメージして目を閉じる。
アルトラが剣を振り下ろす気配をすぐそばで感じたが、負けずにぎゅっと目をつぶったままでいた。すると、すぐにふわりと優しくて暖かい風を頬に感じ、そっと目を開ければ、様々な種類の花が咲く花畑が広がっていた。
「きれい……!」
辺りを見渡しても、アルトラの姿はどこにもなかった。どうやら上手く精霊界の幻から抜け出せたようだ。
見たことのない花の種類の多さに圧倒されながらも、しばらく花畑の中を歩いていた時だった。何処からともなく声が聞こえてきた。
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