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 ある静かな晩のことである。  ナビカは真っ黒なシルクの敷き詰められたベッドをそっと抜け出すと、黒い履き物の中に足を収めた。  侍女の目をかいくぐって寝室の外に出、王宮の廊下をひたひたと走る。厨房に潜り込み、裏口から王宮の外に飛び出すと、衛兵の目を盗みつつも広い庭を横切っていった。  深夜の散策は、ナビカにとってもっとも愉しいことのひとつだ。夜だけが、わたしのよき友。こういうときだけは、黒い装束だって悪くない。  庭に湧く泉のほとりにたどり着くと、かたわらの岩に腰かけた。そして、夜を映して静かに揺れる水面を眺めていた。  ほどなく、重い息をつく。夜は親しい友ではあるけれど、溝を感じないわけではない。夜の色は、完全の黒ではない。今宵はひときわ、その溝を強く感じる。自分のほんとうにいるべき場所は、真の友人は、他のどこかにいるのではないか――そんな気がした。  そのときである。  反対の岸に何かうごめくものを見て、ナビカははっと息を飲んだ。  目を凝らせば、それは少年のようだった。黒のハットをかぶり、真っ黒なマントで全身を覆っている。  ナビカは思わず立ち上がる。なぜこんなところに部外者がいるのか、などとは思わなかった。思い切って右に踏み出すと、少年も右に踏み出したようだ。反対に踏み出せば、少年もまた反対に踏み出した。これでは距離が縮まらない。ナビカがくすくす笑い出すと、少年も笑ったようだった。 「いいですから、貴女はそこにいてください、姫君」  よく通る声で彼は言い、ナビカは言われた通り立ち止まる。少年はすぐさまナビカのもとに駆けてくると、軽く微笑んだ。ナビカも微笑み返して言った。 「ここがどこだか分かってらして? 王の庭に不法に立ち入るとは、なかなかの度胸だわ」
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