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「ところで、これはとても綺麗な泉ですね」  黒い水辺を眺め、ジクサがぽつりと呟く。闇よりも暗く、陽よりも輝く王の庭の泉。 「でしょう? この王宮で唯一、わたしの好きなものなの。中央湖に似ていると評判なのよ。でもね、中央湖よりはるかに邪悪なの。岸に近いところでもすごく深いし、表面は静かだけれど、底に引きずり込むようなうねりをはらんでるのよ」  ジクサはしばらく、なにも言わなかった。  それからナビカの瞳を柔らかに見つめ、静かにことばを放った。 「一緒に、還りませんか」  どこへ……?  そう尋ねようとする声が、声にならない。なにも言えないでいるうち、ナビカの瞳から涙が一粒こぼれる。ジクサは手袋をはずし、傷の走った指先でナビカの涙のあとを払った。 「今回の逗留に際し、私は、マルダクからハウィーシを持ってきています。今は逗留中の部屋に置いてありますが、むろん、この場所に持ち出して来ることも可能です」  ナビカが頷くのを待って、ジクサはことばを続ける。 「ふたつのハウィーシを水底に還し、この島をハウィーシのもとに返し、私たちもまた……私たちを愛さなかった国もろともに」  そこまで言って、彼ははっと口をつぐんだ。 「何を言っているのだ……私は。まだ知り合って日も浅い、それも他国の王族に向かってなんということを……ゆくのなら、私ひとりでゆけばいいと言うに」 「いいえ……」  ナビカは強く首をふった。 「わたし、お供しますわ。死ぬのではありません。わたしたちは、還るのです」  そしてふたりは近く寄り添い、ふたつの黒衣は前夜よりも深く闇に溶け込むのだった。
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