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数時間前のことである。
父であるジュスタ王ディリアに呼び出されたナビカは、昼餐や晩餐に出席しているマルダク王が偽者であるのだという間諜からの報告を聞かされた。
さらには、その背後には腹黒な若き王が存在し、その若者がジュスタの滅亡を目論んでいるのだとも。前半はナビカも既知だったが、後半は初耳であった。ナビカは怠惰で不勉強で愚かな四女だが、その豪胆さで父から政治的手腕を期待されてもいるのだ。情報共有はぬかりなく行われる。
マルダクが先細りだとか王位が遠い系統に移るだとかいうのも、むろんフェイク。彼らに近親がいないこと、ジクサが存在を秘せられた黒き王であることは事実だが、ゆくゆくは彼も美しい女を娶って子を産ませ、直系は維持されてゆくはずだったと推測される。
……それも、終わりよ。
ナビカが泉のほとりを立ち去ろうとしたそのとき、背後からびちゃりと音がした。ナビカははっとした。
続いて、地を這うような低い笑い声。
「ふふ……ふふ……こんなことであろうと思って、命綱を用意したのが正解だったな。用意していたハウィーシだって、むろんレプリカだよ」
ずぶ濡れの腕が、背後からナビカにつかみかかる。
「きゃぁあ! 中央湖の伝説だなんてやっぱり嘘だったのね、信じちゃいなかったけど!」
「伝説は伝説だ、実話でなかろうが民の心に確かに息づいてきた物語だ、それは嘘とは言うまい?」
強く締めあげられながら、泉のほうへと身体を向けさせられる。
「おまえがハウィーシさえ持ち出せたのなら、愛のささやきの中で死なせてやったのに。まったく使えない女だ。犬のように死ね」
「なんでそんなに、ジュスタのハウィーシがほしいのよ? あんたんとこにもあるんでしょ?」
「なに、さる超大国の美しき姫君がハウィーシの噂を聞きつけ、宝飾品に仕立てて欲しいとの御所望でね。これはマルダクが開かれて以来、もっとも大口の取引だ。絶対に逃すことはならない。しかし、私たちとて貴重なハウィーシを刻むのは、惜しい」
ジクサが、ナビカを泉に落とす構えをとる。
「きゃー! いやー! こうして叫べばすぐに人が来るわ。わたしはおまえなんかと違って、お父様にもお母様にもお兄様にもお姉様にも宮廷の人たちにも国民にも愛されているんだから!」
「では人が来る前に片付けるとしよう。私だって、亡き父上にも母上にも王宮の誰からも深く愛されてきたよ。こんな傷痕は作り事にすぎない。黒を忌む国柄ゆえ表には出ぬが、それを補い余りあるほど、愛され望まれた王なのだ」
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