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悠哉がオーブンを開くと、クッキーの焼けたいい匂いがリビング中に広がっていく。「すごい美味しそう!」と綺麗に焼きあがったクッキーを見て陽翔は目を輝かせた。
「最初はどうなる事かと思ったけど、なんとかなったみたいだな」
悠哉もクッキーの出来に満足気に頬を緩ませている。
「あれ?でも悠哉の作ったクッキーって綺麗な色がついてたよね?」
陽翔はクッキーの見た目に疑問を抱いた。形は星、ハート、そしてクリスマスツリーなど様々だったが、それ以外は普通のクッキーだった。陽翔の記憶では悠哉が作ったクッキーはどれも色がついており、それはカラフルで綺麗だったのだ。
「これからするんだよ、アイシングって…そんなことも知らないのか?」
「…アイシング…?」
聞いたことのない単語に首を傾げた陽翔を呆れた瞳で見た悠哉はため息をつくと「こうすんだよ」とボウルに白い粉状のものを入れた。
「これ、アイシングパウダーつってクリームみたいにたたせるんだ。水を入れて混ぜるだけだからすぐ出来る」
ミキサーを手に取った悠哉は、アイシングパウダーを混ぜ始めた。しばらくミキサーを回していると中のパウダーが水と混ざり、だんだんとクリーム状に固くなっていることが陽翔にもわかった。ミキサーを止めた悠哉は「こんなもんかな」と呟きミキサーを持ち上げた。
「すごい!あっという間にクリームみたいになった!」
「で、ここにアイシングカラーを入れて混ぜたら完成」
悠哉がスプーンでアイシングを混ぜると、綺麗な青色へと色付いていった。悠哉の手際の良すぎる工程に感心しきった陽翔の口は開きっぱなしだった。
「これをホイップクリームみたいに袋に入れて搾って飾り付けするんだよ。ほら、お前も」
陽翔に今作った青色のアイシングを手渡した悠哉は再び別のアイシングを作り始めた。陽翔はとりあえず一番簡単そうな丸い形のクッキーを一つ手に取り皿に乗せた。アイシングを慎重にぎゅっと絞りクッキーに飾り付けをしていく。
「難波って甘いものが好きなの?」
手を動かしたまま悠哉は陽翔に疑問を投げかけた。
「んー、悠哉ほどではないと思うけど好きみたい」
「だからクリスマスプレゼントクッキーにしたの?」
「どっちかって言うと手作りのものを渡したかったからかな」
陽翔は一度手を止め「こんな感じでいいのかな…」と悠哉の顔を見た。「ん、まぁ下手だけどそんな感じ」と悠哉は陽翔の手元を覗き込んだ。
「でも料理とか苦手なくせになんでわざわざ手作りに拘るんだよ、甘いもんなんて店に行けばいくらでも売ってるだろ」
話を戻した悠哉は納得の言っていないような顔つきで再びミキサーを回し始める。悠哉の言いたいことも、陽翔には理解出来た。わざわざ苦手なことに挑戦せずとも、市販のものを買った方が早いし出来もいいだろう。
「確かにお店で買った方が簡単に済むかもしれないけど、やっぱり手作りは特別なんだよね。毎年悠哉に手作りのお菓子を貰うとすごく嬉しい気持ちになるんだ。悠哉の気持ちが伝わってくるというか…だから僕も先輩に手作りのものをプレゼントしようって思ったんだよね」
陽翔は照れくさそうにあはは、と笑った。すると、一瞬固まったように動かなくなった悠哉だったが「ふーん…そうかよ」と言うとふいっと顔を背けてしまった。目に入った悠哉の耳が赤くなっていることから、悠哉も照れているのだろうと陽翔は察した。
「そういえば悠哉は神童先輩にクリスマス何をあげるの?」
ふと気になった彰人へ悠哉からのプレゼント、悠哉は何を渡すのだろうという陽翔の質問に「…まだ考えてない」と少しの沈黙の後に悠哉は答えた。
「あっ、そうなんだ」
何かしら考えついているものだと思っていた陽翔はなんだか拍子抜けした気分だった。
「そもそもクリスマスってそんなに凝ったものを贈るもんなのか?誕生日じゃないんだし…」
悠哉の様子を見るに、クリスマスに対してそこまで特別感はないようだった。悠哉にとっては普通の日と何ら変わりないのだろう。けれど彰人はそうではないという予想がつく陽翔は「クリスマスって恋人にとっては一大イベントって言ってもいいぐらいだと僕は思うけどなぁ、それに神童先輩は悠哉と違ってかなり気合い入れてるんじゃない?」と自分の意見を口にした。
「さぁな、クリスマスに何するかは全部彰人に丸投げてるし、確かにクリスマスの話した時のあいつは浮ついた顔してたけど…たかがクリスマスでそこまで本気出さないだろ」
そう言った悠哉に陽翔は分かってないなぁ、という素直な感想を抱いた。陽翔が思うに彰人という男は、記念日などを特に大切にする、そして恋人と初めてのクリスマスなんて特段気合を入れるような男だろう。彰人がクリスマス当日なにをするかなど陽翔には分からないが、悠哉が想像してる以上のことを考えていることは確かなはずだ。
「神童先輩の事だから、悠哉とクリスマスを一緒に過ごせるってだけでめちゃくちゃ気合い入れてくると思うよ。悠哉だって楽しみでしょ?」
陽翔の問いかけに「…まぁな」と悠哉は素直に言葉を返した。悠哉自身の口から恋人とのクリスマスを楽しみにしていると聞けて、どこか寂しい気持ちはあれど悠哉が幸せなら他に望むものはないと陽翔は改めて実感する。クリスマス、悠哉にとって良い日になるように、と陽翔は心から願った。
「そういうお前はどうなんだよ、難波からなんか聞いてんの?」
「え?あー、いや、実は僕も当日のことは何も知らないんだよね」
顔を上げ悠哉の質問に答えた陽翔に「おいよそ見すんなよ、曲がってんぞ」と悠哉が鋭く指摘した。悠哉の言うように、よそ見をしたせいで上手くいっていたと思っていたアイシングが綺麗にはみ出してしまっている。
「あっ…」
「よそ見してるからだろ、お前は本当に複数のことを同時に出来ないよな。もう話しかけないから飾り付けに集中しろ」
悠哉の冷たい視線が陽翔を刺すようだった。しかし今みたいに悠哉に怒られることはもはや陽翔にとっては日常茶飯事のようなもので、陽翔は特に気にすることも無く再度手を動かす。
「難波は金持ってるから相当すごいことしてくれるんだろうな、お前もそう思うだろ?」
「今話しかけないって言ったばっかなのに普通に話しかけてるじゃん…」
「俺が話しかけようが話しかけまいがお前のぶきっちょは変わらないと思って、だから気が変わった」
「気が変わるの早すぎるでしょ」と陽翔は苦笑を浮かべつつも今度こそよそ見をしない為手元に集中する。
「お前もクリスマス楽しみか?」
悠哉の質問に陽翔はピタリと手を止める。そしてすぐに「もちろん楽しみだよ」と悠哉に向け微笑んだ。
「…ふーん」
「どうしたの?」
「別に」
素っ気なく答えた悠哉は「ほら、手ぇ止まってんぞ」と肘で陽翔の脇腹を突っついた。
慌てて手を動かした陽翔の心臓はドキドキと静かに音を立てている。悠哉の質問に楽しみだと即答できなかった自分に陽翔は驚いていたのだった。
慶とのクリスマス、陽翔には楽しむ義務があった。難波慶の恋人である柚井陽翔はクリスマス当日を心から楽しみにしている、陽翔は自分にそう言い聞かせるのだった。
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