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スマホを確認した陽翔は急いでコートを羽織り、荷物を片手に階段を下りた。
「行ってきます!」
リビングに顔を出した陽翔に、キッチンで洗い物をしていた母は「行ってらっしゃい、気をつけるのよ」と優しく微笑んだ。
今日は十二月二十五日、クリスマス当日だ。慶と十時からデートの約束をしていた陽翔は家を出て、待ち合わせ場所である駅まで早足で向かっていた。
陽翔が駅に着くと既に大量の人で混雑しており、今日が特別な日である事を表していた。すると改札近くでスマホを眺めている慶の姿が目に入る。陽翔は急いで慶の元へ駆け寄り「慶先輩!」と声をかけた。
「よっ、陽翔」
陽翔の声に反応した慶は顔を上げ、柔らかい笑みを零した。
「すみません…お待たせしてしまって…」
「ん?まだ集合時間前だし、俺が早く来すぎたんだから謝んなよ」
そう言って陽翔の頭を一撫でした慶は「ほら行くぞ」と改札を通って行ってしまった。陽翔も慶の後に続き、財布からSuicaを取り出し改札を通った。
久しぶりに見た慶の私服は制服とはまた違った大人っぽい雰囲気を醸し出しておりとても似合っていた。慶の後ろ姿を眺めながら陽翔は改めて慶のかっこよさを実感したような気持ちになった。慶はかっこいい、それは男である陽翔でも思ってしまうほどであり、慶に優しく頭を撫でられてしまった女の子がもし居たのなら、一瞬で慶に惚れてしまうのだろうな、と陽翔は想像した。勿体ない、慶は自分のような人間が容易に親しく出来るような人物ではないのだ。ましてや恋人だなんて、慶に振られた女子がこの事を知ったらものすごく恨まれることだろう。
慶は何故自分を選んだのだろうか、陽翔にはその理由が未だに理解出来ていなかった。今日だって自分とではなく可愛い彼女と過ごせていたらお似合いのカップルとして堂々と外を歩けたのに。まだ今日は始まったばかりだというのに陽翔の心はひどく重かった。
電車に乗って三十分が経った頃だろうか、二人は目的の駅に着くと電車をおり街中へと足を運んだ。
「久しぶりに電車なんて乗ったが人が多くて参ったな、本当は車で来れたら良かったんだけどな」
ぐっと身体を伸ばした慶に「今日はクリスマスで人も車もすごいですからね」と陽翔は返した。流石はクリスマスということもあり、電車の中は満員状態だった。もちろん座ることなど出来るはずもなく、人混みの中車内で立ちっぱなしだったせいで足も少し痛い。しかし毎回慶に車を出してもらうのも申し訳なかったため、陽翔的には不満は全くもってなかった。
最初に陽翔達が向かった場所は大きなショッピングモールだった。初めて来たショッピングモールに陽翔のテンションはかなり上がっており、先程から目移りが止まらない。
「僕こんな大きなショッピングモール来たの初めてですよ!」
「こんなでかいのここらにないからな、それにしても賑わってるなぁ」
慶もキョロキョロと辺りを見渡し溢れんばかりの人集りに驚いている様子だった。子供連れの家族、恋人、中には数人の友人同士で来ている者もいるようで、それぞれがクリスマスという日を楽しんでいる様子だ。
陽翔は一つの雑貨屋に目をつけると「ここ入ってみません?」と指を指した。慶は「もちろんいいぞ」と頷いた。
中に入るとクリスマスの装飾が店全体に施されており、かなり気合いの入っている様子がうかがえた。若い女性客がかなり多く、陽翔は少し場違いなのではないかと不安に思いながらも魅力的な商品が気になってしまい出ていく気にはなれなかった。
「すごい!これネットで即売り切れになった限定ものですよ!?こんなところに売ってたなんて…」
陽翔は一つの商品を手に取ると瞳をキラキラと輝かせ、勢いよく慶の顔を見た。
その商品は今若者の間で大人気なクマのキャラクターがデザインされているステッカーで、陽翔も同様にそのキャラクターが大好きだった。なかなかグッズをお目にかかれない程の人気を誇っているキャラクターだったため、ここで出会えたのは半ば奇跡のようなものだった。
そして「へぇー、そうなのか」と陽翔が持っている商品をまじまじと見つめている慶に「僕これ買います」と陽翔は宣言した。
「即決だな、そんなに欲しかったのか?」
「あはは、まぁ」
照れくさそうに陽翔が頭を搔くと「買ってやろうか?」と慶が陽翔の手から商品を手に取った。
「えっ!?いいですよ!自分で買いますからっ!」
陽翔は慶の手から商品を勢いよく奪い返した。流石に買ってもらうなんて申し訳なさ過ぎて陽翔には簡単に頷くことが出来なかった。今までだって何度も慶に奢ってもらった経験があるのだから尚更だった。
「そうか?クリスマスなんだからプレゼントの一つや二つさせろよな」
「いやいや、慶先輩には数え切れないぐらいの恩がありますから」
陽翔が断ったことに慶は残念そうに眉を下げた。
二人が店内を見て回っていると、また一つの商品が陽翔の目に止まった。
「わー!これすごい綺麗ですよ!」
「スノードームか、確かに綺麗だな」
陽翔が手に取ったスノードームは飾り付けされたクリスマスツリーが真ん中に立っており、細部まで作りこまれた雪景色がなんとも美しかった。
「僕昔から雪すごく好きなんです。小さい頃は雪が降る度嬉しかったし、雪って白くてふわふわしてて触るとすぐに消えちゃって、不思議だけどすごい綺麗だなって思ってました」
陽翔はスノードームの中でしんしんと振り続けている雪のような白い粒たちを見つめ幼い頃の事を思い出した。それはまだ陽翔が五歳ぐらいの時であり、珍しく雪が積もった事に大興奮した陽翔は空音を連れて雪で遊ぼうとした。しかしこんな寒い中外で遊ぶなんてとてもじゃないが空音には難しかった、母に反対されてしまった陽翔は結局一人で雪をいじっていた。そんな時、陽翔はある事を思いついたのだ。陽翔は雪を丸く固め手のひらサイズの雪だるまを作り、空音の病室へと持って行った。あの時作った雪だるま、それはもう不格好な仕上がりで果たして雪だるまと呼んでいいのか分からなかったが、それを見た空音は大喜びしてくれた。そんな空音の姿が陽翔にとっては嬉しくて堪らなかった。
空音は雪が好きだった、雪が降っては窓の外を眺め、よく雪景色を描いていた空音の姿を陽翔は目にしていた。雪が降れば空音が喜んでくれる、そう思った陽翔もいつしか雪が降ってほしいと望むようになっていたのだった。
幼い頃の思い出に浸っていると、陽翔の脳裏に昨日の空音の様子が浮かび上がる。昨日はクリスマスイブ、陽翔たち家族は毎年恒例のクリスマスパーティを行っていた。家族三人で母の作ったご馳走を囲んで談笑する、そんな些細なものなのだが、陽翔にとっては特別な日だった。
そして昨日は空音も加わり、今年は陽翔の都合でイブになってしまったが例年通りクリスマスパーティを行った。空音は美味しそうに母の手料理を頬張りながら楽しそうに両親たちと会話を交わしていたように陽翔には見えた。
やはり両親といる時の空音は普通であり、あの時自分の部屋で空を描いていた空音とは別人のようだった。あの時の異様な空音の姿が忘れられずにいた陽翔にとって、本当の空音がどれなのか分からなくなってしまっていた。
すると、スノードームを見つめながら黙り込んでしまった陽翔の様子に「おーい陽翔、大丈夫か?」と慶は自分の右手を陽翔の目の前でひらひらと動かした。
「あっ、すみませんボーッとしてました」
慶の言葉にハッとした陽翔は慌てて返答する。「今年も雪、降るといいな」と陽翔に向け微笑んだ慶は「おっ、向こうにも面白そうなもんがあるぞ」と別の棚へと視線を移した。
気を遣ってくれているであろう慶に、せっかくのクリスマスデートだというのに空音の事を考え上の空のなっている自分に陽翔は嫌気が差す。
しかしこれは仕方の無い事だった。空音との記憶は未だに陽翔の中に大切な思い出として存在している。いつまで経っても陽翔はあの頃の優しく穏やかだった空音を忘れられないでいるのだ。結局陽翔にとって空音は大切な家族に変わりなかった。
空音と再会してからまたあの頃のような関係に戻れるのではないだろうか、そんな期待を抱いてしまっている自分に陽翔は気付かないふりをした。
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