5.クリスマス

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 陽翔の望み通り、二人は慶の家へと場所を移した。慶の両親はどちらも仕事で家には居ないようで、クリスマスなのにこんな時間まで帰ってこないことに陽翔は少し引っ掛かりを抱いた。 「シャワー借りてもいいですか?」  靴を脱いだ陽翔は慶の家へ上がるや否や、すぐにそう尋ねた。慶は少し驚いたような素振りを見せ「泊まるのか?」と陽翔の顔を見た。 「慶先輩さえ良ければ」 「別に俺はいいけど、それなら風呂入ってけ。シャワーだけじゃ寒いだろ」  慶は陽翔の肩にぽんと手を置くと、浴室の方へ行ってしまった。  風呂から上がった陽翔は慶の部屋で、陽翔と入れ替わりで風呂に入った慶が戻るのを座って待っていた。慶の部屋に入るのはこれが初めてではなかった、過去に何度か訪れたことがあった慶の部屋は、陽翔の部屋よりも物が少なくすっきりとした印象だった。  陽翔はきょろりと瞳を動かし、慶の部屋をじっくりと見渡す。そして、とある場所でその大きく丸みを帯びた瞳を止めた。陽翔の視線の先には慶のベッドがあった。  ゴクリと喉がなる、自分の鼓動が速くなっていることに陽翔は妙な息苦しさを感じた。  ──大丈夫…これで最後だから、これで終わりにするから…せめて先輩にはいい思いをしてもらいたい。 「ふぅ、やっぱ風呂上がりはさみぃな」  風呂から上がった慶は寒そうにしながら部屋に入ってきた。ドライヤーを手に取り、わしゃわしゃと豪快に髪を乾かし始めた。  ものの数分でドライヤーのスイッチを止めた慶は「陽翔、寒くないか?」と陽翔の横に腰を下ろした。 「大丈夫です、ありがとうございます」  目を細め、そう答えた陽翔は慶の手をぎゅっと握り自分の指と絡めた。そして顔をグイッと近づけ、慶の唇に自分の唇を押し当てた。 「ん…っ」  いきなりの陽翔からのキスに、慶は驚いたように目を丸くしている。陽翔からのキスはこれが初めてだった、だからこそ尚のこと慶は驚いているのだろうと陽翔は察した。  陽翔の舌が慶の唇をちょんとつついた。最初は固まっていた慶だったが、それを合図に自ら口を開き陽翔を向かい入れてくれた。どんどんと濃厚になるキス、陽翔から仕掛けたはずなのにいつの間にか慶のペースへ持っていかれてしまい、慶の舌使いに陽翔は気持ちよさから頭がぼーっとしてきた。 「んんっ…はぁ…っ」  長いキスを交わした二人はどちらともなく唇を離した。お互いの唾液が細い糸状につーっと紡がれる。 「どうしたんだよ急に、お前からキスしてくるなんてびっくりしたぞ」  未だに呼吸が整わずに肩で息をしている陽翔とは対照的に、慶はすっきりとした表情をしている。しかしその瞳の奥には熱烈とした色を帯びており、陽翔のことを捕える瞳は鋭かった。  暑い、キスだけでこんなにも余裕をなくしてしまう自分が情けない。慶のようにキスの経験さえなかった陽翔には部が悪かった。けれどこんなところでばててしまうわけにはいかない、陽翔は身を乗り出し慶の身体を跨るように床に手を着いた。 「っ…陽翔?」 「先輩、僕のこと抱いてください」  慶は陽翔の言葉をまるで理解していないような顔つきで「…何言ってんだよ」と呟いた。 「駄目ですか?」 「駄目っていうか…どうしたんだ陽翔?さっきからお前変だぞ」 「そんなことないですよ、…僕は先輩と一つになりたいんです、だから…僕を抱いてください」  陽翔は更に体を近づけ、慶との距離を縮めた。しかし、そんな陽翔の肩を押しやった慶は「それは本心か?」と悲しそうな瞳で尋ねた。 「…っ、本心ですよ、だって僕は先輩のこと…」 「陽翔」  慶に名前を呼ばれた陽翔の心臓は、ドキリと嫌な音を立てた。慶の視線が痛かった、まるで陽翔の本心を見抜いているかのようなその瞳から、陽翔は言葉が出てこない。 「今のお前を抱くことは出来ない、悪いな」  慶からはっきりと拒否されてしまった陽翔は「なんで…」と慶の顔を見た。以前から慶は次に進みたがっていた、慶の態度からそう捉えていた陽翔は慶は自分とセックスがしたいのだと思い込んでいた。だから陽翔から誘えば慶は喜んでくれる、そう陽翔は考えたのだった。しかし慶の反応は陽翔の想像していたものとは真逆であり、陽翔は理解に苦しんだ。 「ほら、今日はもう帰れ。送ってくから」  慶は陽翔の肩から手を離し立ち上がった。陽翔は慌てて慶の腕を掴み「待ってください…っ」と慶を引き止める。 「なんで…どうしてですか…っ?先輩は僕とシたくないの…?」  陽翔のことを見下ろすように見つめた慶は、一度だけ瞬きをし悲しそうな表情で「俺とシたくないのはお前の方だろ」と静かに呟いた。  この時初めて、自分の嘘が慶に見抜かれていたのだと陽翔は気がついた。  ──ああ、僕はまたこの人を傷つけてしまったんだな。  陽翔は慶の腕をゆっくりと離し「すみません…」と喉から絞り出たような小さな声で呟いた。
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