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慶に車で送ってもらい、陽翔は自分の家へと帰ってきた。中に入ると既に玄関の電気は消えており、みんなもう寝ているのだろうと陽翔は察した。
リビングの電気をつけた陽翔はしばらく立ち尽くしたまま動くことなくぼーっと意味もなく一点を見つめていた。暖房すらついていないリビングはすっかり冷えきっており、陽翔の体温は次第に下がっていく。それでも陽翔は動く気にはなれなかった。
自分は何をやっているのだろうか、と陽翔は先程の慶とのやり取りを思い出し拳を力強く握りしめた。慶に最高な夜を与えたかったがために抱いてくれと要求した、しかしそれが大きな間違いだったのだ。あの時の慶の様子を見るに、陽翔の本心に気がついていた。一体いつから慶は気づいていたのだろうか、いや、今はそんな事考えているだけ無駄だった。結局はまた慶を傷つけてしまう結果になってしまったのだから。
ふと思い出した陽翔はカバンの中から綺麗にラッピングされた袋を取り出した。今日クリスマスプレゼントとして慶に渡すはずだった手作りのクッキー、結局渡しそびれてしまっていた。
リボンを解き、陽翔は中からクッキーを一つ取り出した。猫の形をしたクッキーはアイシングで顔が描かれており、少々不細工だが陽翔なりに努力した結果がこれだった。慶のために作ったクッキー、慶が喜んでくれると思って作ったのに渡せすらしなかった。
陽翔はクッキーを口の中へ入れ頬張った。クッキーの甘い風味が口全体に広がる。
別れを告げよう、陽翔は心に決めた。以前まではどのようにして別れよう、円満に別れるにはどうすれば良いのか分からずになかなか別れを切り出せなかった。けれど慶を深く傷つけてしまった今、このままダラダラと付き合っている方が慶を傷つけ続けることになる。
もっとはやくにこうすべきだったのに、自分はなんて馬鹿なのだろうと陽翔は自分自身を責め立てる気持ちで溢れた。
「あれ、陽翔?帰ってたんだ」
開けっ放しだった扉を閉め、空音がリビングに入ってきた。「ていうか寒っ、暖房付けなよ」と空音は体を縮こませながらリモコンを手に取り、暖房のスイッチを入れた。
陽翔は空音を横目で見つめていたが、言葉を発することは無かった。今の陽翔はとてもじゃないが空音なんかと話す気にさえなれない、そんな余裕あるはずがない。空音を置いて陽翔はリビングを出ようとした。
「慶さんとのクリスマスはどうだった?」
「…っ?!」
驚いた陽翔は勢いよく振り返り空音の顔を見た。何故空音がその事を知っている…?陽翔の口からは一言だって慶とクリスマスを過ごすなどと話していない。困惑した陽翔はゴクリと生唾を飲み込み「なんでお前が知ってるんだよ…」と空音に問いただした。
「そんなこと別にどうだっていいだろ?」
「は…?」
「うーん、その様子だと上手くはいかなかったのかな?」
ソファに座った空音はわざとらしく首を傾げ微笑んだ。そんな空音の姿が、陽翔には不気味で仕方なかった。空音に対して激しい嫌悪を覚えた陽翔は、今度こそリビングの扉を開けた。
「お前はいいよね、愛されて。俺は羨ましいよ」
先程とは打って変わって冷めきった声色で言葉を吐いた空音に、陽翔の足は止まってしまった。空音が何を言いたいのか陽翔にはさっぱり理解が出来ない。
「何が言いたいの…?」
「別に、陽翔はすごいよねって話。お前は昔から誰からも好かれて…」
そこまで話した空音は一度言葉を噤むと「やっぱなんでもない」とへらっとした態度で立ち上がった。そのまま陽翔の横を通り過ぎ、空音はリビングを出て二階へ行ってしまった。
一人取り残された陽翔は、呆然と今しがた空音が座っていたソファを見つめる。空音の言葉の意図が何一つとして陽翔には分からなかった。
愛されている陽翔のことを羨ましい、そう空音は言っていた。愛されている、一体自分が誰に愛されていると言うのだろうか。もし仮に空音が慶のことを指していたのならば、陽翔と慶の関係を空音は察していたことになる。それはまずいのではないか、二人が付き合っていると知ったら空音は何をしでかすか分かったものじゃない。
やはり慶にはなるべく早く別れを告げる必要がありそうだった。しかし今は冬休み、別れ話のために忙しい慶をわざわざ呼び出すのも気が引ける。陽翔はどうしたものか、と途方に暮れるしかなかった。自分が招いてしまったことだけに、自分自身でなんとかするしかない。
──僕はまた誰かを不幸にしてしまった。
結局陽翔はその夜一睡もすることなく、自分を責めるばかりだった。
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