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4.双子
部活が終わり疲れた体で陽翔が玄関から出ると、そこにはスマホを片手に眺めている慶が立っていた。
「先輩…?」
陽翔が声をかけると、慶は顔を上げ「よう、お疲れ」と微笑んだ。
「なんで先輩がまだいるんですか?」
いつもならとっくに帰っているはずなのに、未だに慶が学校に残っていたことに陽翔は多少の驚きを見せる。
「今日は先生に聞きたいことがあったから学校に残って勉強してたんだ。そしたら結構いい時間になってな、せっかくだからお前と一緒に帰ろうと思って」
慶は陽翔の頭にポンと手を置くと、陽翔の前をすたすたと歩いていってしまった。その場で立ちすくんでいた陽翔も慌てて慶の後ろをついていく。
最近は受験勉強もあり、慶がこんなに遅くまで学校で残っている事も多くはなかった。そのためこうして二人で帰るのも久しぶりで、陽翔は少し落ち着かない気持ちで慶の後ろ姿を見つめていた。
すると、突然慶が足を止め立ち止まり、くるりと陽翔の方に向き直った。
「わぶっ」
急に立ち止まった慶に対応できなかった陽翔は、そのまま慶の胸へと頭をぶつけてしまった。
「あ、わり。大丈夫か?」
「はい…」と鼻を摩っている陽翔の顔を心配そうに慶は覗き込んだ。
「急に立ち止まってどうしたんですか?」
「ん?ああ、せっかく一緒に帰ってんだからさ」
陽翔の質問にそう答えた慶は、陽翔の左手を掴み自分の右手と絡めた。
「手ぐらい繋いだっていいだろ?」
恋人繋ぎをして再び歩き出した慶につられて陽翔も足を進めたが、誰かに見られてしまってはまずいのではないかと思い「こんなところ見られたら誤解されますよ?!」と慶の顔を見る。
「大丈夫だって、ここら辺人通り少ないしさ」
陽翔の心配を他所に、慶は全く気にしていない様子だった。しかし自分のせいで慶に変な噂がたってしまったらと考えると陽翔は気が気じゃなかった。
「でも…」
「俺と手、繋ぐの嫌か?」
慶は少し不機嫌そうな態度を見せたが「あー、悪い。やっぱ今のなし」と自分の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
そんな慶の姿に、陽翔は繋がれている手をギュッと握り返すと「そんな事ないです」と答える。
「僕のせいで慶先輩に変な噂がたつのが嫌だっただけで、手を繋ぐのは嫌じゃないです」
陽翔がニッコリと微笑むと、慶は頬を赤らめ嬉しそうに「じゃあこのままでいいよな」と言った。
陽翔の手よりもはるかに大きい骨ばった慶の手に包まれていると、何故だか安心感に全身が包まれているようだった。冬の夕暮れ、すっかり寒くなってきたというのに慶の手はポカポカと温かく、陽翔の冷えきった手も体温を分けてもらっているように温かさを増していく。
この温かい手がまさに慶のようだな、と陽翔は思った。慶は誰にでも気を配れるような思いやりを持っており、とても温かみのある男だった。そんな慶は誰からも好かれており、まさに陽翔が憧れている勇者のようで、陽翔は内心羨ましく思っていた。
歩いて数分、陽翔の家の前で二人は足を止めると、自然と繋がっていた手も解けた。
「久しぶりに先輩と帰れて嬉しかったです」
陽翔はいつも通りの笑顔を浮かべる。陽翔のこの言葉は決して嘘ではなかった。一人で帰るよりも慶と帰る方が寂しくないし、慶の話は面白くて大好きだ。それなのに、何故だか自分の発言に罪悪感を強く感じてしまっていた。まるで慶のご機嫌取りをするだけのために口から出てしまったように、自分で言っておいて陽翔にはそう聞こえた。やはり慶に対して後ろめたい気持ちが強いせいだろうか、悠哉が彰人と付き合ってから尚更慶への罪悪感が強まった気がする。
「まーたお前は俺の喜ぶようなことを言う」
慶は困ったように笑うと「あ、そうだ陽翔」と何かを思い出したような口ぶりで声を出した。
「今年のクリスマスって予定あるか?」
思いもよらぬ慶からの質問に「クリスマス…ですか…?」と陽翔は怪訝な顔で慶を見る。
「ああ、クリスマスまであと一ヶ月もないだろ?」
今は十二月の頭、確かに慶の言うようにクリスマスまで一ヶ月もなかった。
「確かにそうですけど…急にどうしたんですか?」
「お前と付き合って初めてのクリスマスだから、一緒に過ごしたいと思ってさ」
照れくさそうに理由を打ち明けた慶は「あー、もし予定がなかったらの話だけど」と頬をかいた。
「うちは毎年家族でクリスマスを過ごしてるんですけど、そういうことなら今年はイブにずらして当日は空けときますね」
陽翔がニッコリと微笑むと「本当か…っ!」と慶は嬉しそうに声を上げた。ここまで喜ばれるとは思っていなかった陽翔は少し驚いてしまった。けれど慶が喜んでくれているのなら、陽翔としては嬉しい限りだ。慶が望むことなら何だって叶えてあげたい、だからクリスマス当日は良い恋人を演じきろうと陽翔は心に決めた。
「楽しみだなクリスマス、これで受験勉強も頑張れる」
慶の大きな手が陽翔の頭を優しく撫でた。慶が喜んでくれている、陽翔にとっては嬉しいことのはずなのにやはりどこか胸が痛む。それは慶を騙している自分自身への嫌悪からくるものなのだろうか、いつまで続くか分からないこの関係に陽翔は限界を感じていたのかもしれない。
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