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「あれ?陽翔?」
すると突然自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。その声を耳にした途端、陽翔の顔は信じられないくらい青ざめてしまっていた。
「今帰り?」
男は陽翔と慶の元と近づき、陽翔に向けて声をかけた。そんな男の姿を目にした慶は「えっ…?陽翔…?」と困惑した表情で男を見ている。
その男は陽翔と瓜二つの容姿をしていた。慶でさえ区別することが難しいと感じるほど、男は陽翔そっくりだったのだ。
「なんでお前がここに…」
「ははっ、驚いた?陽翔には内緒にしてたけど、実は今日から日本に帰ってきたんだ」
陽翔と瓜二つの男はさっぱりとした笑顔で答えると「はじめまて」と慶に向けて挨拶をした。
「俺は柚井空音、陽翔の双子の弟です」
柚井空音と名乗ったその男は「よろしくお願いします」と爽やかな笑みを見せ慶に右腕を差し出した。
「俺は難波慶、陽翔と同じ高校に通ってて歳は二つ上だ」
自己紹介をした慶は空音の手を取り握手をすると「いや、でもまさか陽翔に双子の弟がいたなんてな、そっくりだしめちゃくちゃびっくりした」と驚いた様子だが状況は理解したようだった。
そんな二人の姿を呆然と見つめている陽翔は、未だに頭が追いついていなかった。空音が目の前にいる、その事実に理解が及ばない。
空音が現れてから言葉を発さなくなった陽翔を不審に思った慶は「陽翔?」と陽翔の顔を覗き込んだ。ハッとした陽翔は「あっ、えっと…」と明らかな動揺を見せ上手く言葉を発せずにいた。
「外で立ち話もなんだし、中入らない?積もる話もあるんだしさ」
空音の提案に「そうだな、こんな寒い中だと風邪ひいちまうから早く家に入れ。じゃあ俺は帰るよ」と陽翔の肩に慶は手を置いた。
「あ、はい…っ。また明日」
陽翔は慌てて慶に挨拶すると慶はいつも通りの笑顔で「ああ」と陽翔に背中を向け歩みを進める。
「慶さん、また機会があったらお話しましょうね」
「そうだな、じゃあな」
慶が帰ると二人の間には沈黙が流れた。無言でいる陽翔の横をしらっと空音は通り過ぎ、平然な表情でインターホンを鳴らした。
「はーい…空音…?!」
中から陽翔の母が出てくると、空音の姿を見た途端「空音…っ!!」と空音の身体をギュッと抱きしめた。
「母さん久しぶり」
空音は母の身体を抱きしめると「はは、苦しいよ母さん」と笑った。
「こんなに大きくなって…会いたかったわ空音」
「僕もだよ、久しぶりに家に帰れてすごく嬉しい」
「身体の方はもう大丈夫なの…?」
「うん、激しい運動とかはまだ無理だけど、もうすっかり元気だよ」
母は空音の顔を両手で包み込み「ごめんね空音、長い間あなたを一人にしてしまって」と空音に謝罪した。
「なんで母さんが謝るのさ、僕が選んだことなんだから。それに先生も居てくれたし寂しくなかったよ」
「…そっか、あれ、陽翔も一緒だったの?」
空音の後ろで呆然と二人のやり取りを見ていた陽翔の存在に気づいた母は「ほら、陽翔も中に入りなさい」と陽翔を手招きした。「そうだよ陽翔、はやく中に入ろう」と笑顔を浮かべた空音の姿に、陽翔は寒気を覚えた。
「こうして四人で食卓を囲むのなんて一体いつぶりだ?」
父は取り皿に料理をよそいながら、嬉しそうに顔を緩めた。「ほら、いっぱい食べるんだぞ」とその皿を空音の前へと置く。
「四年ぶりよね?空音も身長がすっかり伸びてて驚いたわ。陽翔よりも少し高いのかしら」
ニッコリと微笑んだ母は綺麗に盛り付けされた料理をテーブルの上へ置くと、父の隣へ腰掛けた。
家族四人での食卓、本当にいつぶりだろうというぐらい久しぶりだった。空音は「いただきます」と手を合わせると箸を手に取り母の作った料理を口に運んだ。
「ん〜〜、久しぶりに食べたけど母さんの料理はやっぱり格別だよ!向こうでは身体に気を遣って健康そうな物しか食べれなかったからさ」
「喜んでもらえて良かったわ」
「これも食べるか?」
優しい眼差しで空音のことを見つめる母、空音のために料理を取り分ける父、そして美味しそうに母の作った料理を頬張る空音、傍から見たらなんて幸せな家族なのだろうと思う。しかしそんな三人とは違い、陽翔の顔色は一向に晴れなかった。
料理に手をつけない陽翔を心配に思った母が「陽翔?食欲ないの?」と聞いてきた。
「ん…っ?そんな事ないよっ…いただきます」
陽翔は慌てて手を合わせると箸を手に取り料理を口に運んだ。
「陽翔は急に俺が帰ってきたから驚いてるんだよ」
陽翔の横でそう言った空音は「ね?陽翔」と陽翔に同意を求めた。
「…う、うん。二人は空音が帰ってくることは知ってたの…?」
「ああ、一ヶ月前から連絡はもらってた。だけど空音が陽翔には内緒にしてくれって言ったもんだから黙ってたんだよ」
父は一度箸を止め、陽翔に説明した。何故陽翔にだけ黙っていたのか、なんとなくだが予想がついた陽翔は尚更嫌な気分になった。
「急に俺が帰ってきたら陽翔、絶対びっくりすると思ったからさ、サプライズだよ」
空音は目を細め、陽翔にとびきりの笑顔を向けた。そんな空音の笑顔が陽翔にとっては不気味で仕方なかった。
食事を終えた陽翔は自分の部屋へ戻るとその場にしゃがみ込んだ。とても気分が悪い、嫌な憎悪が陽翔の体を飲み込んでいくようだった。
するとトントン、というノックの音が聞こえると空音が部屋に入ってきた。しゃがみ込んでいる陽翔に「どうしたの?」と空音は首を傾げた。
「なんの用…っ」
陽翔は急いで立ち上がると警戒するような視線を空音に向けた。
「ひどいなぁ、四年ぶりに弟と再会したのにさっきから怯えちゃってさ、俺傷ついちゃったよ」
空音は軽い口調で眉を下げた。一歩、また一歩と陽翔へ距離をつめてくる空音に、陽翔の足は無意識に後ろへ下がった。
「僕はお前のしたこと、忘れてないから」
陽翔が一言そう口にすると「俺、何かしたっけ?」と空音はきょとんとした態度で首を傾げる。そんな空音の姿に怒りとも捉えることが出来る感情がふつふつと陽翔の中に生まれる。
──お前が忘れたとしても僕は絶対に忘れない、お前のした事…。
「まぁそんなに警戒しないでよ、もう陽翔にちょっかいかけたりしないからさ。俺だってあの頃みたいにガキじゃないんだ」
「お互い仲良くしようよ」と空音は陽翔の肩へ手を置いた。まるであの頃の事などなかったかなように空音は陽翔に好意的だった。しかし、陽翔にはそんな空音の態度が全て嘘なのではないかと感じてしまい、仲良くしようなどという言葉は到底信用出来なかった。
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