4.双子

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「なんか元気ない?」 「えっ…!?」  放課後、テストの点が悪かった陽翔は悠哉に勉強を教えてもらっていた。そんな時、陽翔の異変に気がついた悠哉は陽翔にそう聞いてきた。 「そう見える…?」 「ああ、うざいぐらいにな」  悠哉は「さっきから教えてやってるっていうのに上の空だし」と不機嫌そうに大きく溜息をついた。せっかく悠哉が時間を割いて勉強を教えてくれているというのに、全く集中出来ていない。そんな自分に嫌気が差した陽翔は「ごめん悠哉…」と元気のない声で悠哉に謝った。 「怒ってるよね…」 「ああ、正直イラついてる」  悠哉の様子から自分の態度に腹を立てているだろう思っていた陽翔はやっぱり、と心の中で呟いた。 「俺に何も相談してくれないことにすげぇイラついてる、俺になんかあるとすぐに頼れって言ってくるくせに…自分は全然頼らねぇのな…」  ムスッと唇をとがらせた悠哉に、陽翔は唖然としてしまった。勉強に集中していない事に腹を立てているのではなく、悠哉は陽翔が何も相談しなかったことに腹を立てていたのだ。 「悠哉ってほんと優しいよね」  陽翔がへらっと笑うと「別にふつー」と言われてしまう。ツンケンとした悠哉の優しさに、陽翔の心はとても穏やかな気持ちになっていた。やっぱり悠哉には敵わないな、と目を細めた陽翔は「実はね」と空音のことを悠哉に打ち明けた。 「なんだよそれ、そんなの言いがかりじゃんか」  陽翔の話を聞いた悠哉は納得が出来ないと言うように、イラつきをみせた。 「お前は何も悪くないのになんでそんなこと言われないといけないんだ?その空音ってやつ、何様だよ」 「空音は悪くないんだ、小さい時からずっと病院に隔離されてて最近も様態が悪化して本当に辛い日々を送ってる、同じ双子なのに僕だけこんなに元気に生きてて…そんな僕のこと見てたら空音だって妬ましくなるよ」  陽翔はあくまで空音は悪くないと主張した。実際に空音が今までどれほど辛い思いをしてきたのか、陽翔だって計り知ることができない。双子なのに空音だけが辛い思いをしている事に、陽翔は負い目を感じていた。  しかしそんな陽翔の主張を否定するように「馬鹿じゃねぇの」と悠哉は力強く言い放った。 「確かに人よりも辛い人生なのかもしれないけど、だからって陽翔に八つ当たりしていい訳では無いだろ?陽翔が何したっていうんだよ」 「悠哉…」  自分のために腹を立てている悠哉の姿に、なんて優しい心の持ち主なのだろうと陽翔は感動を覚えた。この頃から悠哉の真っ直ぐな性格は健在で、何度も陽翔を驚かせたものだった。そして何度も陽翔は悠哉のその性格に救われてきた。  空音に言われたことはかなりショックだったが、悠哉のその言葉で幾分か気持ちが楽になったような気がした。  それから空音は入院を繰り返していたが、調子がいい日は学校に通っていた。そんな空音の様子は以前と何も変わりがなく、あの時の自分への態度が嘘のように空音は空音だった。しかし、やはり陽翔に対してだけは何かが違っていた。陽翔を見るその瞳がとても冷たく、軽蔑しているように陽翔には感じられたのだ。空音に恨まれている、その事実が陽翔の頭から離れることはなく、あの頃のように二人が仲睦まじく話している姿を見ることはなくなった。  そして事件は起きた。陽翔が小学六年生の時、放課後教室に忘れ物をした陽翔が取りに戻ると、そこには馬乗りになり、悠哉の首に両手をかけている空音の姿があった。  陽翔は急いで教室の中へと入ると「何してんだよ…っ!!」と空音のことを思い切り突き飛ばした。軽く咳き込んでいる悠哉は「落ち着け陽翔…」と陽翔のことを止めに入ったが、陽翔には悠哉の言葉をききいれる余裕などなかった。 「空音…お前悠哉に何してたんだ…?おい…っ答えろよ…っ!!」  陽翔が空音の胸ぐらを掴むと「いい顔だね陽翔」と空音は楽しそうに笑ってみせた。 「俺のことが憎い?そうだよね、だって危うく大切な親友が酷い目にあうところだったんだから。ねぇ、お前のせいで大切な人が不幸になる、それってどんな気持ちなんだろうね。お前は勇者になりたいとか馬鹿げたことを言ってたろ?それなのにさぁ、誰一人守れないようなお前がそんなのになれるわけないんだよ、お前には誰一人幸せにすることなんて出来ない」  陽翔は言葉が出てこなかった。空音の言葉が鋭く陽翔の胸へと突き刺さっていく。陽翔は全てを否定された気分だった、自分の存在も、夢も、全て。 「俺はお前が不幸になるならどんなことをしたって構わないさ。お前の大切な人がどうなろうともね」  陽翔はゾッと寒気を覚えた。空音の目は本気だった、陽翔を陥れるためならなんだってするのだろうと、容易に想像することが出来た。  ――僕のせいで悠哉を不幸にしてしまう、嫌だ、嫌だ…  陽翔の最も恐れていること、それは悠哉の身に何かが起こることだった。それを空音はやってみせようとしている、そのことに対する恐怖、怒り、憎しみ、それら全ての感情をこの時初めて陽翔は空音に抱いたのだった。  これ以上悠哉に空音を近づけてはいけない、自分が悠哉を守らなければならないのだ。この事がきっかけで陽翔は空音に対しての警戒心を嫌でも高めることになった。  あとから悠哉に聞いた話だが、悠哉が空音に対して挑発的な発言をしたため腹を立てた空音は、悠哉に襲いかかろうとしたという。悠哉は自分が言い過ぎただけで心配するなと陽翔に言っていたが、あの時の空音の目は本気だった。本気で悠哉の首を締めようとしていた空音の姿が陽翔は忘れられなかった。  しかし、あれから間もなく空音は日本を離れることになった。日本での治療が困難だということで、アメリカの病院を紹介された空音は、治療のためアメリカへ住むことになったのだ。  家族四人が海外で暮らす余裕など陽翔の家にはなかったため、空音だけが行くことになった。それに対して陽翔の父と母はとても辛そうにしていたが、空音の病気を治すことを第一としてこの決断を取った。空音自身も、一人でアメリカへ行くことに対して「俺のことは心配しないでよ、それに先生も居てくれるから一人じゃないしさ」と前向きだった。  空音がアメリカへ行く、この出来事は陽翔にとってそれは大きすぎることだった。あれから空音の存在を恐れ、警戒していた陽翔は肩の荷がおりた様な感覚だった。  たった一人の兄弟、まさに自分の分身のような空音の存在は、いつしか陽翔にとって脅威となっていた。  
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