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 ラツィリはどこからか冷蔵庫を持ち込んでいた。  最初に遭った時の持ち物にそんなものはなかったはずだから、あとから持ってきたものなのは明白だ。電力を浪費されるのは現状厄介なんだけどな、と思っていたら電気の使用量を一の位まで計算して渡してきた。  そこまですることない、と言ったけれど。  私はそこまで厚かましい人間ではない、と強弁されて押し切られた。  口喧嘩ではどうしても勝てないと思うけど、ラツィリの場合正論混じりに逃げ道を塞いでくるものだから、少し質が違う気がしている。  詰将棋の相手でもしている気分だ。 「……。で、これは?」 「水」 「見りゃあわかるわ。これ、どこからって訊いたんだけど」 「くじらの内部構造にさ、吸湿機関、浄水フィルター、EaDtLってあってね。その機能の確認したから」  なんか聴き慣れない言葉が混じっていた。  どういう意味なのか訊いても、明確な回答は出してくれない。  コップに注がれている水の中には、何か変なものがあるとも思えないけど。 「むしろ最後のが一番大事な機構なんだけどね……」  そう言いながら、ラツィリはコップを掴んで水を飲んでしまう。  ……そのまま飲むのかよ、と驚愕と恐怖が混じった感情が走ったが。当人があまりに平然としているから、大仰に反応できなかった。 「ちょっと甘いかも」 「なんか混じってんの?」 「そうだよ?」 「肯定されると続きがなくなるな」 「何が混じってんの、って続くと思うけど」 「そうかもしれないけど」 「ローグは真水でないと駄目な人? 純度百の水は逆に危ないというけどな」  でぃーえいちえむおー、って詭弁は聞いたことあると思うけど。なんていうけど、それは単に「物は言いよう」の典型例ってだけだと感じた。 「そうは言ってない。ただ知らんもんが混じってたら警戒するだろ」 「定期的に浴びてるくせして、何言ってんのさ」 「え、」 「くじらの内部構造って、さっき言ったよ? くじらの撒いた水なんだ、これ」  乾いた地面を乾ききらないようにする、その為の巡航散水機。  その地盤の維持に必要なものは、いつでも地球に存在していたものだと言った。 「人に向かって有効ですよーなんて言ったら、怪しい健康食品のプロモになるけどね」 「いつでもあるよな、そういうの」  どこかで訴訟が起こっている、いつでもニュースには載っているようなありふれたことだけど。  ラツィリがコップを向けてくる。  受け取って一口飲んだら、確かに水の割には甘い。 「匂いが無いから、甘いだけの水って結構不味いな」 「香料まで含めての飲料水だからね。人って面倒臭いんだよ」  というわけでー、とラツィリが両手を叩く。存外に大きな音が出たものだからびくりとローグの肩が跳ねた。  冷蔵庫の扉を開けて、いろいろと何かを取り出してくる。 「果物の香料を色々用意してみたんだ。混ぜてみて何が合うか探ってみない?」 「……学校の実験でやったな、こういうの」 「楽しいよ」 「楽しそうな言い方だからそうなんだろうな」  面白そうにしているラツィリの方が微笑ましい、一歩離れた感想なのは軽く怖気づいているからか。 「冷蔵庫の中に、さっきのと同じ水があるのか」 「不具合を確かめるための結果だから」  ふうん、と暢気な様子で遊んでいる感覚。切羽詰まっているから、目を逸らしているのかなと思っていたが。  それを口に出すことはしなかった。  本筋からはズレていないわけだし、文句なんてつけようもない。
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