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「お腹すいた」 「だから昼飯を食べておけと言ったのに」  二週間ほど経ったころ、すっかり家での役割が出来上がっているのに気付いた。  自然と始めたことと言うより、まるでそうなるのが当然と言わんばかりにすんなりと決まったのが意識にも止まらない。  ローグも自分のやるべきこと、上昇海流の対処法を考え続けているが、難度が高すぎて既に投げ出しそうになっている。それでも止めたら多額の損害賠償なんて言われてたら、手を引く選択肢が全くないのは当然のことだった。 「おっちゃんが泡吹くやつ」 「直訳すんな、風情がない」  なんとなくで作ってみた夕食を旨そうに平らげてくれるのは、まあ楽しいんだけど。  言ってしまえばそれくらいしか娯楽がない、となる。 「じと……」 「なんよ」  ラツィリの視線がローグのどこか知らない場所を見ている気がした。当人にはそれが何なのかもわからないが。 (やっぱり目の色かな……? 脊椎、腸の辺りにも色合いの変化が見えるな) (良い感じに上向いてるけど、気付いてないみたいなのは鈍いからかな)  口の中で呟くような言い方。ローグの耳には全く届かないから、何を考えているのかはわからなかった。 「海流の原因って知ってる? ……って、結構前に訊いてたけど。ローグはそれを聞いてどうしてたの?」 「どう、って。その原因を潰せばいいんかな、と」 「地球のバイオリズムに干渉するのも難しいんだけどなあ、ってここも言ってたね」 「それで、対症療法しかないって言ったけど――――今する話かな」  唐突で脈絡はない。  それにも、この生活の間に慣れていたが。 「別に、いつでもいいと思うよ。―――で、原因を潰すのなら、ローグに半ば魔術的な手法を覚えてもらう必要もあるかなーって思ったから」 「魔術? そんなもん見たこともないのに、どうやってやるってんだよ」 「修行中」  何を言っているんだ……? とラツィリの言っている言葉がこの時ばかりは全く理解できなかった。  周辺地域で魔術なんて言葉も聞きやしない。  存在しているのかも疑わしい、それくらいに眉唾物な印象をローグは持っている。 「まあ、魔術に見える技術くらいの話だから」 「……結果どっちなんだ」  んー、と明確な回答をしない。煮え切らない態度には苛立ちもするが、答えられないことに答えないというのは、別に駄目だとは思わなかった。  知った風な口を利かれるよりは。 「ふいーうー」  急に伸びをし始める。疲労というか歪みが溜まっているのか、背骨が小さくぱきぱきと鳴っていた。  上を向いたときに外れそうになるフードを慌てて抑える様に、どうしてだろうと思いながら覗き込もうとしても。 「なにー?」  ローグの動きに合わせて顔を背ける。  そういえばあまり目を合わせてくれないな、と不思議だったが。  自分でもそこまで意識していないから、互いに気にせず生活していた。 「…………。どうしたの」 「いや、別に大したことはないけど」  言いたいことは向こうもわかってしまっているようだった。だから、変に居心地が悪そうにしているのもわかる。  髪と服で顔の半分を隠して、そこから覗くようにこちらを見ている。  それは実際、ローグにとっても楽な距離の取り方だ。 (でもまあ、真正面から向き合ってみたいよな。一度くらいは)  そう考えていると、ラツィリが不服そうな声を上げる。 「ニヤついてるな。何考えてんの?」 「楽しいなーって」 「…………。…………」  言っている意味がわからないのだろう、不可解を隠そうともせずじっと見上げてくる。  こんな牧歌的な光景に反して、外では例のない暴風に街が揺れている。  くじら一つ消えただけで、ここまで天候が変わるものなのだろうか? ここから更に異常な天候が出てくるとなれば、あまりに危険だと言うしかない。 「いつ頃なら、ラツィリの方は動けるんだ?」 「……、もう少し。機材が欠けてて、代用品を見繕うから」  どこかに吹っ飛んでいったのか、それともジャンク漁りに持ち去られたか。  代用できるのなら、問題はない気もしたが。 「手伝えること、ある?」 「これ以上、手を煩わせるのも違うかな。元からローグのとは別件なんだから」 「同じだろ。向かっていく場所は」  分かっていないと思われているなら心外だな、そんな風に言うと、強引なこじつけなんだけどなあ、と困っているようだった。  匿うような生活になっているのは、わかっているから。  ラツィリが追い詰められる結果にはしたくない。  自分がそんな場所に居るから出てくる、責任感だった。
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