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 たぶん誰かが細工をしている、気付いたというよりただの勘なのだけど、そう思った。 「細工、ね。物理的なものだったら気付きそうなものだよ」 「じゃあ物理的じゃないものだろうな」  どういうこっちゃ、と言いたげなラツィリの表情。目元を髪が隠してしまっているので読みにくいが、ローグの話が分からないのは瞭然だ。  いや、不自然とは思わないか?  そう訊いたら、ラツィリも別に反論はなかった。 「もう二週間も無断欠勤なんだろ? それで全くコンタクトがないってのもおかしな話じゃないのか?」 「そうだね……向こうでも「ぎょぐん」のエラーは感知しているはずだし。瑠璃くじらの占有管理者に何も連絡がないのはおかしい」  くじらが別物になっていること、ではなく。  くじらのパフォーマンスが目に見えて低下している、となれば分からないはずもない。  異常な天気まで、認識しているかはわからずとも。 「ここに来る可能性もあるよ。この地域にヨーマンディの関連会社はいくつかあるし、連絡くらいはできるだろうから」  不祥事をあまり大きく吹聴するとは思えないけど。  ただ社員の行方を案じている、という名目なら誤魔化しにはなる。 「…………嫌だなあ」 「嫌なんだ?」 「気分のいいものじゃないよ、現体制ってなると」  何かあるらしいが、ローグの踏み込める範囲じゃあない。  昼間にラツィリと山の近くに行って、雨を降らせた。緊急というか、応急処置のようなものらしく、「これを同じ場所で何度も行うことはできない」とはっきり言いきっていた。  くじらの機関部にある水を集める装置。  あれを見たときに、虹色の噴水なんて直喩を出した。  あまりにそのまますぎて、ラツィリは噴き出して笑っていたのが納得いかない。  赤い土で占められた乾いた土地で、雨が降ることが重要な問題で。 『水というか、そればかりでなく。地球全体の物質的リソースが減っているんだ、そりゃあみんなささくれ立つよ』 「いろいろと目減りして。それが足りないからこそ、集まっていくんだよ」  本当にローグから顔を背けて、独り言のように喋っている。 「独占的商売が忌まれているのはわかるでしょ」 「そりゃあまあ」 「ヨーマンディ(うち)だって本当はそこまでできるような企業じゃなかったんだよ」  今はそれができてしまっている、という意味なのは明らかだ。 「上昇海流っていう原因不明の現象が起こって、宇宙に水が流れ出すなんて危険なことになって。それでも生きていけるレベルの環境を保たせるために作られたのが「むらくもぎょぐん」の原型」  水分の収集と再分配、それを定期的にまんべんなく行える管理システム。  世界全体が渇ききるのを遅らせることに成功し―――そして今まで引き延ばしたまま。  根本的な解決策が未だ見つかっていないまま、百年以上過ぎている。  それは、ローグも学校で学んでいるし、くじら井戸の管理をする際の研修でも再三言われていたことだ。 「手段がないなら、ただジリ貧になるだけってのもわかるが」 「水の管理。本来社会インフラとして公共事業になっていたはずが、ヨーマンディの持つ技術によって寡占、独占と性質を変えていく。……わかる?」  一企業に世界中が命を握られているって現実。  そこまで言われて、どうしてローグは気付かなかったのかと思いかけたが。 「空鯨……」 「うん。世界中の殆どが、むらくもぎょぐんが人為的なものだと分かっていない。あれは生物だ、と刷り込まれているんだ」  流れの上でそうなったのか。  意図的に隠しているなら、やはり悪質だが。 「今回の墜落で、ローグに露見したでしょう? うちの爺は、そこを恐れているはず」  ラツィリが爺と呼んだ対象。  想像がつくが、言及はしなかった。 「私は、それを止めたいよ」 「無謀だとは思わないのか」 「知ってる。それでも解決策を探してたから」  視線が向いた。ローグの目を流し目で捉えている。  隠れた目では、その色が見えない。 「……EaDtL(アヅル)、前にも話したけど。憶えてる?」  頷いた。理解不能だからと半分も覚えてはいないけれど、異質な名前だったからこそ、何かがあるんだろうと考えていた。  あれをもっと高機能にしないといけないから、なんて思っていて。  その為に幼少期から研究だの製作だのに明け暮れていた、そんなことを言われた。 「邪魔されまくって、うまく行ってないの。だから、会社から離れられている今が好機って感じでさ」  助かってる。  そう言われて、ローグは何も返せない。
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