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「お前、割とヤバくなってね?」 「何だその言い種」  誘われて友人と食事に出ていた。それよりもやりたいことがあるから、と断ることもできたが、なぜかそれを向こうが許さなかった。 「蝶さんが不安がってたよ。知らない女を連れ込んでる、犯罪かーって」 「あの人は過保護よな。世話焼きって程でもないけど、干渉したがりだ」  それも悪くはないけどさ、嘯いて彼の怒った顔を思い浮かべる。  ちょっと苛ついた。 「僕も似たようなこと思ってる」 「そうなの?」 「年下の子に母性感じてる時点で結構な異常者だと思うよ」 「………………………………」  そこまで言われることかな、と反射的に思った。そんなもん、むしろラツィリに言ってくれた方が道理は通っている気がするのだが。 「なんて。嘘だよ、ローグがそういうのに飢えてるのは知ってるしな」 「今になって反動が来られても困るだけだよ」 「一度、思いきり甘えてみるのも良いんじゃねえの」 「できるか!」  嫌われて終わりだろうがふざけんな。そんなのは行き過ぎたことだと分かっているから、遠慮がちな関係で留まっている。  作業場を貸しているだけのことで要求しすぎるのは気が引ける。  足元を見ているような感じが強くて不快だ。 「変に律儀だね。良い奴というには不十分だけど」 「それでいいさ。良い奴になりたいわけじゃない」 「都合のいい奴になられても困るね」 「そんなこと一度でもあったか」  さあねえ、と惚ける。ローグには煽られているようにしか思えない。  まあいいけどさー、なんて言いながら。相手はテーブルにある皿を押して寄せてくる。 「食べろ、いきり立ってるのは色々不足してるみたいだ」 「がぶり」  勢い任せに目の前のバゲットにかじりついた。  思うよりも柔らかく、中に詰まっていたホイップクリームが口腔内に溢れてくる。  甘いもの喰えばだれでも落ち着く、そう言われたのはいつだったか。  言ったのは蝶さん(テプシェン)であることは確かなんだけど。 「…………、ふー」 「いいから呑み込めよ、焦んなって」  飲み下してから、脇にある緑茶を呷った。そこまでやって、息を整える。  結局、なんでここに来たんだっけ。  ややこしいことに巻き込まれてるって、聞いたかんね。 「アイルの方まで届いてる?」 「そうだよ、ローグの失策も知ってる」  失策。失敗でなくそういう表現をしたということは、何かを知っているようにも思えた。  人が好いよな、と特に不満もなく言われる。 「知っていたから、敢えて水を多く流したんだろ。僕の方に、ローグへ礼を伝えてくれと言われたんだ」  危機的なのはどこでも同じだが。  しかしこうしないと産業にまで影響が出てきている。  知らぬ場所で頼みごとをされた相手は、農家だった。  水の量が足りなくなっている、このままいけば数年のうちに収量が劇的に減っていくのが目に見えている。そう言われてしまうと、どうしても気になってしまうし放ってはおけない。 「本当は、そういう直接的な談判は受けない方がいいというか。一般の職員に言われてもな案件なんだよね」 「お前も自分で判断しない方が良かっただろ。情に流されてんじゃ変な損を出すぜ」 「で、それも自分に返ってきよる」  あっはっは。笑ってみても惨めだった。 「それより、その場しのぎが限界に来てるってことだろ」 「百年も続いてたら、よく持った方じゃないか?」  ギリギリのところで、破綻しきらなかっただけのこと。根本的な策がなければ、いつかは転げ落ちるのは明らかで。 (くじらが急に動かなくなったのなら、それは不自然なんてレベルじゃあないな) (ヨーマンディの利己的行動だっとしても、自分の首を絞めているだけにも思えるが) 「……、いや。考えすぎじゃないのか……?」  目の前にいるアイルのことすら無視して、思索にふけるローグ。推測は出来ても、それを支える確証があまりに無さすぎる。  そんなものはただの妄想だとしか言えないから。  ローグ。戻ってこい。  耳を打つような強めの声で引き戻される。  は、と顔を上げると、アイルの視線はしかしローグの方を向いていなかった。  つられるように同じ方向に目を遣ると、ラツィリがこちらに向かっているところだ。 「あれは、白衣のように見える防護服だな」 「……そうなのか?」 「あの型のはほとんど生産されていないから、よほど特殊な立場でないと持っていないはずの……」 「貰い物ですよ、出所不明です」  制するように回答を投げていた。  二人が座っているテーブルの脇に立って、ローグに少しだけ強い視線を送っている。  単純に、怒っているようなひりつく圧力だ。 「探したんだけど?」 「えーと……」  どういうことか、と問う前にラツィリの顔が近づいた。 「時間。もう夕食時なのに、連絡の一つも入れないで道草食ってるのはどうなんだろうね?」 「……え、ああ。もうそんなに時間経ってたのか」  ごめん、と頭を下げてから、時計をみると午後七時を回る頃だ。  確かに、この時間にラツィリと別行動は珍しかった。  人前でこういうやり取りをするときには、真っ直ぐ顔を合わせてくるんだなと場違いな感想を脳内で呟いているのがわかったのか「呆けてないで、反省してくれる?」と咎められる。 「暇だったから芋を揚げまくってたんだけど」 「無駄なことしてんな……?」 「明日の朝食ね。二キロくらいあるんだから」 「無駄遣いすんな本当に」  いくら安いったって、毎度毎度買えるわけじゃねえんだぞ。  息をついて、ローグは座っている位置から少し横に動く。横に広い座席にスペースを作った形だ。 「座りよ。立ちっぱなしもなんだろうし」  促されるままにラツィリもそこに腰かける。  深くフードを被っている姿は、やはり周囲からは浮いている。どういう意図だったとしても、その異様さはあまり得をしないだろうと思っていると。 「連れ回しちゃってごめんね。ローグは色々ボケーっとしてるから、なんか生きてんのかなって心配になるんだよ」 「はあ……、まあそうですね」 「肯定された……」  確かになんだか色々な人に助けられて生きているけど。  それでも俺は見ていて不安になるような奴なんだろうか、と思うとこちらが不安になりそうだ。 「普段のこと見てればね、そう思うよ」  ラツィリが座席脇のパネルを操作しながら話している。  数週間でよく見抜かれているなあ、と羅列される事実を受け止めながら感じた。  細かいところまで。  物の選び方とか、歩くときの注意の向き方とか、行動の流れとか。  そんな危なっかしいと自分では思わなかったのに。 「解るわー、本当にそうだ。知り合いにも同じこと言われてんのにまず自覚しねえから厄介でね」 「私も見直すようには言ったはずなんですけどね」  ローグの知らないところで盛り上がっているのは、なんだか疎外感を覚える。
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