2

5/6
前へ
/65ページ
次へ
『ラツィリが姉っぽいっての、なんか分かる気がするな』  別れて家への帰り道。アイルが言っていた言葉が頭を廻っていた。  認識にズレがあるというか、何を見ているのかと不思議な感覚だ。 「頼まれてしまったね、保護者役」 「それでいいのか、ラツィリは」  んー……、と数秒考えていた。 「ちょっと嫌かも」 「ならいいや。吐くほど甘える気もないからね」 「私だって甘やかす人間でもありませんしー」  それより、芋を処理しないとヤバいんじゃない? と思い出したように言われて、そういう所を叱らないと駄目なんじゃねえのかなとは思った。  そんなに芋ばかり喰ってたら、身体がマズいことになりそうだ。  日が沈んで、地平の辺りがわずかに朱い空。ひどく懐かしいと思ったのはどうしてだろうか、そんな光景なら日常的に見ているはずなのに。 「どうしたのさ」  相変わらず流し目でローグの方を見ているラツィリ。  覗く色に強い光を見た気がする。  少し前はもっと濁っていたようにも思えるが、いつ頃に変わっていったのか思い出せない。  それは悪いことでもないから、特に問うこともなかった。  普段よりも楽しいのは、久方ぶりと思ったから。  無駄なことを言って崩すのも嫌だった。 「……外部からの元素補充計画、それをヨーマンディが阻害している?」  ラツィリの手元には古い時代の文献と数日前のニュース記事を印刷したものが並べて置いてある。古いと言っても上昇海流の発生からのものなので、せいぜいが数十年程度のものだったが、人類の歴史から考えれば古いのは確かだ。  総合機械メーカーとしてのヨーマンディ。  ラツィリが以前にも言った通り、単体で世界全体のマーケットに入り込むなんてのはできなかったローカル企業だ。  それでも、現在の「むらくもぎょぐん」を作り出したことによって。  生物にとって重要な水を占めたことによって。  他の何もかもを押し退けて幅を利かせているのが現在の在りようだ。 「前会長はシステムを独占する気がなかったようだけど……それを表明する直前に変死しているね」  さすがに血縁として遠すぎるから、そこには何の情もない。  ただ嫌なことだと眉をひそめるくらいのことはするだろうが。 「爺がそれを止めるために、か。バレればあまりに危険な行動のはずだが―――それでもやったこと、やり遂げたことに意味があるのかな」  むらくもぎょぐんの公的インフラ化に異を唱えた、ラツィリの実祖父。  社内の人間も、あまりに幼稚だと反発はあったらしいが、彼はそれを捻じ伏せてなかったことにした。  ラツィリにしても、立ち回りとしては危険な方だと見ているし。  先の見えない行動、その所為で目に見える世界の結末が早まっていること。 「利己的。今更それを手放しても大差がないのを分かっていながら手放せない、貧乏性」  はて、そんな性質を持っていたから、会長の立場に立てたのだろうか。  半端な場所に居ると、そういうことが分からなくて困る。  ニュース記事と手近な場所で買った新聞、そしてローグの証言。 「きっと世界そのものが急速に衰退していく。この数年のうちに加速していくかもしれない、と異口同音に叫んでいる」  報道機関では強い言い方で。  一部のコミュニティではかなり断定的に。  広い範囲でこうも足並みが揃うのは、揃ってしまうのは。 「みんなが本能でも間違っていないと感じるからなのかもね……だからって結局、あの爺が何かするとも思えない」  実際に解決法を探る動きでさえ口を挟んで遅らせるくらいだ、邪魔だとしか言えない存在に成り果てている。  当人がやったように暗殺なんて、それこそリスクしかない。 「面倒くさいなあ……。本当に」  刺し違えてでも爺を殺す、なんて覚悟も蛮勇もラツィリには存在しない。当たり前に、生きていたいと願うのだから、無駄死になんて御免だ。  でも、嫌いだから殺したい。  そんな黒い欲求も、確かにあるのは自覚していた。  じゃあ、考えるかなと画策でもしようものなら。 「――――――――っ‼」  右脚のアンクレットが二度震えた。しまった、と感じる間もなく静かになっている。 (マズい、居場所が知られる……)  もう知られた、と言う方が正確だろうか。  瞬間で位置情報など送られている。 (どうするかな……逃げるか、見つかってから対処―――どっちにしても私の身は危険なのか)  現状、無断欠勤の状態だというのを考えれば。  もとより丸く収まる道筋なんてのはないも同然だった。 「一月近く、逃げられていた方が奇跡的だな」  諦めでもないが、居直りにも近い感傷。  それでも今、立ち向かえないと知っているなら逃げるしかないのだが。 (猶予を見るなら十時間。移動時間を考慮して七時間、間に合わせられるか?) 「対処を望むことも殺意と認識されるのか。随分と曖昧な判定だね」  バグってんじゃないの、と忌々しく吐き捨てながら、近くの工具をかき集めていた。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加