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 一月振りに満足いく食事を摂れた気がした。  半キロの肉を平らげれば、それは当然だろうが。 「本当に言わないでいてくれるよな、これで」 「うんうん」  雑に返事をしたら、じっとりと睨まれた。そこまで信用されない言い方だっただろうかと省みて、大丈夫だってと加えた。 「大体、俺の名刺だって渡しただろ。そこまで開示しといて信用されないのも違うんじゃねえの」 「まあそうか……ローグ・ミノラーレ、って変わった名前だね」  よく言われると返すと、そうだろうねと頷かれた。 (小鯨、ねえ……)  何かを呟いたようだったが、聞こえなかった。  向こうも向こうであまり聞かない名前だとは思ったけど。 「ラツィリ、ってどこの言葉が由来なんだ? 正直に言うと、ヨーマンディにしても本当に聞いたことがなくて」 「さあ? そこら辺は興味が無くて調べてないよ」  しれっと自分の姓が社名と同じだと知れているのに、そこに全く興味もなさそう。  おそらくその無関心さがさっきのようなミスを起こしているのかもしれない。 「気をつけてるつもりだけどな、最低限」 「最大限でない辺りよ」 「いいんだよ、私だって創業者一族っても末端も末端なんだ。むしろ中心部からは疎まれてるまであるんだし、いちいち気にしてられないよ」 「さすがに身の安全に支障出そうだよ、外から見ると」  そうかー、と納得はしたようだ。そこが解っていてなんで脇が甘いんだろう。 「こんな仕切りもない飲食店の真ん中で話している時点で、今更な気もするけどな」 「言ったらお終いなことを言ったな」  隠すのを手伝ってくれ、と更に要求された。  既に陽が傾いていて、昼間のような痛みを伴う日光は和らいでいるが。それでも直射で受ければ汗が流れるくらいには強い日差しだ。  植物も少ない光景はやはり寂しいものだが。  目の前の巨大な蒼色がそれを隠してしまっていた。 「こんなデカいもの、隠蔽できないだろ」 「できるよ、そういう風にできてる」  ならいいか、と言いかけて。 「まあでも、故障してるから意味ないけどな」 「じゃあできないって言えよ」 「取り敢えずカモフラージュしようって話なんだよ。人が来ないって言っても絶対でもないから」  まあ、ラツィリ自身が街中で目立っていたことを考えると、排除できない可能性でしかないかと思い直す。 「目立ってた?」 「服装が違ってたから。こんな片田舎じゃ浮くってそりゃあ」 「そうか。そういう所も考えないとかな」  それでも手持ちの服では地味な方だけどとか言っている辺り、感性が違いすぎるとしか思えなかった。ローグがそういうものを嫌がらないから、着るなと強いることはないが。  作業着としても使えるらしいけれど、そんな材質ならば結構売れると思うんだけどな。そんなことをぼんやり考えていると、ラツィリの呼ぶ声で引き戻される。 「こいつを掛けるんだ」 「ブルーシートって、何の意味が」 「背景透過素材ね。光の反射を利用するものでさ」  光ファイバーって知ってるっしょ? と確認され、まあねと返すとそこら辺の発展だよと言われた。それがどういうことなのか、どういう原理なのかをローグが知ることはできないけど。 「取り敢えず隠せるならいいや」 「広げるから反対側持って、結構重いよ」  ごりごりと削るような音を立てて広がるシート。手に持っているはずなのにその姿が目で捉えにくい。 「透明マントみたいだな」  向こうには聴こえないようだった。くじら全体を覆うように広げると覆い隠された部分が透明になったように見える。一見しただけではそこに何かがあるなんて思えないくらいには隠蔽できてしまっているのだ。 「……死体を隠すとかできそうだな」 「最初にそういう利用方法考えつくのやめなよ」  分かっているけど、咎めるの大変なんだからと呆れた風な声だ。 「本当、そういう目的じゃないってのに」
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